YCAM「TECHTILE」集中ワークショップレポート

 山口県山口市にある「山口情報芸術センター[YCAM](ワイカム)」で、3月9日と10日、「YCAM InterLab Camp vol.2 『TECHTILE』集中ワークショップ」というイベントが行なわれた。YCAMが擁するインハウスのアートエンジニアチームであるYCAMインターラボが“「触感づくり(触感を積極的に取り込んだ表現)」のためのテクノロジー開発および表現コミュニティの形成”を目的として、慶應義塾大学の筧康明氏、仲谷正史氏、南澤孝太氏らと共同で研究開発してきた「TECHTILE(テクタイル)」の成果発表とアウトリーチを兼ねたイベントだ。2日目にはデザイン・文学・哲学・メディア論・産業の各分野からパネリストを集めて、パネルディスカッションも行なわれた。今回は、このパネルの内容をレポートしたい。

 パネルの話に入る前に、1つ紹介しておかなければならないデバイスがある。このプロジェクトで開発された「テクタイル・ツールキット」である。「触感のプロトタイピングを容易に可能にする」とされるこのデバイスは、触覚情報を記録・編集・再生するためのツールキットである。

YCAM「TECHTILE」集中ワークショップレポート

 触覚はさまざまな多感覚が総合された複合感覚だが、このツールキットでは取りあえず、触覚とは突き詰めれば自らの動作あるいは外部からの接触によって、皮膚に与えられる「振動」であると割り切って、その振動をマイクで収集する。そして、スピーカーあるいは振動子で再生することで、主観的なものである「触覚」を他者に伝えられる客観的なものとし、メディアアートや研究などに役立てようという試みである。

 そんなの単なる音だろうと思うかもしれない。採集され、PC内で編集される情報としては確かに音だ。だが、うまく再生してやると、人はそれを触覚として感じることができるのである。たとえば、コップの底に「触感センサ」と呼ぶマイクを着けて、ビー玉をガラガラと入れて回す。それを、やはり底にスピーカーあるいは振動子を貼り付けた空の紙コップで受けると、あたかもビー玉が回転しているかのような感覚が得られる。一種の錯覚である。中身を見ると空っぽなので錯覚は薄れる。だが、中を見なければ、本当にビー玉が回っているような感じがするのである。しかも、何となく、手に感じられるそのビー玉の回転に合わせて手首を動かしてしまったりする。

 ほかにも、バドミントンのラケットで同様に触感を録って再生する。ラケットでシャトルを打っている映像を見せながら実際にラケットを持たされて再生されると、本当にシャトルを打っているかのような感覚が得られる。ビー玉以上に、手の動きを合わせてしまう。再生される触覚に合うようなかたちで、身体の動きが誘発されるのだ。もっとも、このツールには限界もあって、密着したものでないとうまく録ることができないし、再生時も同じだ。逆にそこをうまく突いてやると、人の感覚を騙すことができる。取りあえず議論のきっかけには十分になるツールである。

 初日9日には、実際にテクタイル・ツールキットを使って、「触感(知覚としての「触覚」にほかの感覚情報や記憶、コンテキストが付加されたものをこのプロジェクトでは「触感」と呼んでいる)」を扱ったアート作品などが市民参加のワークショップとして行なわれた。そして2日目には参加者たちを交えてパネルが行なわれたという次第である。なお、このテクタイル・ツールキットは触感の振動データなどのほか、オープンソース・ハードウェアとして基盤配置図、回路図なども今後順次公開される予定だ。

 また、本連載では2010年に「触覚をデジタルに操作する ~第3回「TECHTILE展 触覚のリアリティ」レポート」をお届けしている。いくつかの内容や研究者たちは繋がっているので、合わせてご覧頂きたい。なお「TECHTILE」とは「TECHnology based tacTILE design」、つまり「Technology」と「Tactile」とを融合させた言葉である。触感を意識した価値づくりを目指す活動だという。

テクタイル・ツールキットを使った例。空のコップの中でビー玉が回ってるような感覚を伝えることができる。慶應義塾大学KMDショウでの展示から別の作例「Haptic toy」。オモチャの電車を手で動かすとガタンゴトンという感覚が伝わってくる慶應義塾大学環境情報学部准教授 筧康明氏慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任講師 南澤孝太氏慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科リサーチャー,コロンビア大学博士研究フェロー 仲谷正史氏YCAMインターラボ 三原聡一郎氏テクタイル・ツールキットの特徴ワイヤレス・テクタイル・ツールキット
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