オリンピックの施設 “負の遺産”にしないために

大会経費は当初の2倍に

東京大会の予算は2013年にIOC=国際オリンピック委員会に提出した「立候補ファイル」では7340億円とされていました。しかし、2016年に初めて具体的に大会経費の全体像が示された際に1兆6000億円から1兆8000億円に膨らみました。その後、大会経費を抑えるための効率化などを進めた結果、2019年までに1兆3500億円まで減少。大会の1年延期を経て去年12月の時点で総額1兆6440億円に上っていました。ほとんどの会場で無観客での開催となったため、観客に対する新型コロナ対策費や警備や輸送にかかる費用などが少なくなったことや、大会の簡素化や契約の見直しなども進めた結果、予算をおよそ2000億円下回る見通しとなりました。大会経費は組織委員会と東京都、国の3者が分担することになっていますが、追加の経費負担は生じない見通しです。ただ、経費が当初よりも大幅に増えたことについて組織委員会の武藤事務総長は「立候補ファイルの時の数字と、比較することはできない。(招致段階では)競技施設そのものの建設費を提示することが求められていて、いざそれを使うということになれば周辺整備もしなければいけませんし、さまざまな追加の支出が出てくる」と釈明しています。

巨額公費投入の恒久施設

大会経費のうち国と都が負担する金額は、合わせて8200億円。このうち3500億円に上るのが恒久施設として建設した競技会場です。大会のあと、施設の活用をどうするのかが課題となっています。このうち東京都が新設した6つの施設のうち、5つは年間の収支が赤字となる見込みです。都の想定で唯一黒字なのは「有明アリーナ」で、スポーツの国際大会のほかコンサートなどイベントでの利用を想定していて年間3億5600万円の黒字を見込んでいます。ほかの5つの施設は年間の赤字額は▽東京アクアティクスセンターが6億3800万円、▽カヌー・スラロームセンターは1億8600万円、▽海の森水上競技場は1億5800万円、▽大井ホッケー競技場は9200万円、▽夢の島公園アーチェリー場は1170万円です。これについて都の担当者は「公的な施設には障害者スポーツの振興や競技の普及など採算性で表せない役割も求められる。ただ、税金が使われている以上、利用を促進して収益性を改善していきたい」と話しています。

プールの隣にプール!?

およそ567億円をかけて作られ、東京大会では競泳などで使われた東京アクアティクスセンター。建物からの目と鼻の先、わずか300メートルほどのところには、1993年にオープンした東京辰巳国際水泳場があり、まさに“プールの隣にプール”を新設しました。オリンピックを開催するには辰巳では客席の数が不足することなどが理由でした。ところが、新型コロナの影響で大会はほとんどの会場で無観客となり、アクアティクスセンターの客席に観客が入ることはありませんでした。一方の辰巳国際水泳場は、東京大会で水球の会場として使われました。大会後の使いみちは決まっていませんでしたが、その後アイスリンクに改修され2025年度に開業する見通しになりました。

施設活用に思わぬ事態も

年間1億5800万円の赤字が見込まれている「海の森水上競技場」は東京大会でボートとカヌーの競技が行われました。都は、来年4月にスポーツ施設として一部開業させる予定ですが、いま想定外の事態が起きています。波をおさえるための「消波装置」にかきが付着し、その重みで装置が沈んで機能しなくなる問題が判明したのです。このため一時的に撤去しました。この会場では国際大会や国内大会の誘致を目指していますが、ボートの国際大会の開催には「消波装置」が必要とされていて都は、今後1年余りかけて抜本的な対策を行うとしています。ただ関係者からは、装置が再び設置されるまでは国際大会の開催は難しいという声も出ています。

“遺産”か“アスリートファースト”か

課題はそれだけではありません。国内にはすでに“ボートの聖地”ともされ数々の主要な大会が開催されてきた埼玉県の「戸田ボートコース」があります。首都圏で活動する大学や実業団が合宿所や練習拠点を構えていて、国や県が運営する艇庫には、1泊2000円程度で利用できる宿泊施設もあり、多くのチームの選手は大会の期間中、ここに宿泊していて、レースに参加しやすい環境があります。一方で海の森水上競技場の艇庫では140人程度は宿泊できるものの、大人数が宿泊できる合宿所などはないため、選手が大会期間中に滞在する場所の確保が課題となります。また、競技場までボートを運ぶ必要があるほか、最寄り駅や宿泊先から離れた競技場まで選手や観客が向かうための交通手段の確保も課題で、費用負担が大きくなることが懸念されています。さらに、選手たちがレースの前後に休憩するスペースが十分でないという指摘もあり夏場の暑さ対策や急な悪天候などでの選手の安全管理の面でも課題が残ります。全国の大学のボート部で作る全日本大学ボート連盟の内田大介 代表は「競技者も指導者もコースの有効活用は希望しているが、大前提として安心安全を確保しないといけないので、開催ありきでは難しい」と指摘します。また、同志社大学の監督を務める武田知也 副代表は「ボート競技をすばらしいと知ってもらうために活用するべきで、レガシーの活用だけで大会を開催すると、競技のすばらしさや普及などを阻害する」と警鐘を鳴らします。日本ボート協会は来年5月の「全日本選手権」は海の森で開催するものの、残る主要な大会は、これまでどおり戸田ボートコースで開催するとしています。都は施設について、駐車場などの一部の整備がまだ残っているとしており、本格的に開業する再来年度から、大会の開催に本腰を入れていきたいとしています。そのうえで東京都オリンピック・パラリンピック準備局の柏原弘幸 利用促進担当部長は「施設に足りないところは、引き続き競技団体と協議を重ね、改善策を検討していきたい。海外で重要視されている国際大会を誘致できれば、放送でも発信されるし、観戦に来る人も多くなる。そのことで競技人口のすそ野が広がることにもなる。その結果、レガシーとしても評価してもらえるのではないか」と話します。

見直しできない?“オリンピックの魔物”

実はこの「海の森水上競技場」、5年前に東京都の小池知事が就任した際に、多額の整備費などを理由に見直しの対象になっていました。しかし、IOC=国際オリンピック委員会と東京都などが結んだ開催都市契約は、会場はIOCの承認なしには変更できず、変更を行う場合はIF=国際競技団体とも協議しなければならないと定めています。当時、東京都の調査チームはボートの会場を宮城県の既存の施設に変更する提案を行ったものの、IFやIOCと協議した結果、会場は変更されませんでした。都政改革本部で特別顧問を務め、協議にあたっていた上山信一さんは「IFはオリンピックになると、できるだけ最先端でぜいたくな設備を望み主張してくる。オリンピックは魔物みたいなもので、予算が当初よりオーバーする爆弾を抱えたイベントだ。競技団体にしてみれば4年に1度の大きなチャンスで最大限のお金を使えるようにしたいと考えるのは必然だと思うが、むこうが欲しいというだけで『はい、分かりました』という姿勢のままではいけない」と指摘しています。

“負の遺産”にしないために

オリンピックが社会へ与える影響などを調査・研究している専門家は会場活用に向けた課題について次のように指摘します。(五輪の社会影響を調査・研究 奈良女子大学石坂友司 准教授)「施設は黒字になりづらいという特性がある中で、赤字が大きく見えがちだが、アスリートが使う場合には競技力の向上につながったり、それがスポーツ人気に還元されていくとか、ほかにも多くの人が使いやすい施設として開かれていくことで地域の経済を高めていくことにもつながる」そのうえで競技会場を「負の遺産」にしないためにどうすればいいのかについては。「オリンピック・パラリンピックの期間は1か月ほどだが、競技施設はその後、30年ほどの間で価値が定まっていく。都民の皆さんが施設を支えたいと思うよう、価値を高めるアイデアを出し続けるとともに、競技団体も含め東京都も説明責任を十分に果たさないといけない」8年前に招致が決まって以降、繰り返し課題が指摘されてきた大会後の競技会場の在り方。大会が終わってわずか数か月で、開催都市・東京はその課題に直面しています。オリンピック・パラリンピックをめぐっては札幌市が2030年の冬の大会誘致を目指すという動きもあります。巨額の費用をかけて開催された東京大会の教訓をどうやって未来につなげていくかが問われています。

オリンピックの施設 “負の遺産”にしないために

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