台湾・蔡英文政権の日米連携と展望

 防衛は米国、経済は中国頼みの台湾。経済、軍事力を増強する中国による現状変更の圧力に向き合う台湾を、東京大学の松田康博教授(東アジア政治)は「繁栄と(中国からの)自立のジレンマ」にあるとし、蔡英文政権を「繁栄と自立を両立しようと奮闘中」と表現する。アフガニスタンの不安定化で米国バイデン政権の威信は揺らぎ、中国のメディアは「米国は最後に台湾を見捨てる」と、台湾の世論を揺さぶる。「アフガン以降」の新たな国際情勢は、台湾の命運を握る米中両大国の東アジアにおける長期的なパワーバランス、対米重視の蔡総統の今後の政権運営に影響を及ぼすのだろうか――。

日本との「友情」を強調

 「台湾と日本がともに努力し、友情が末永く続くことを信じている」。台湾有事の議論が盛り上がりをみせる2021年5月、蔡英文総統は、戦前の植民統治時代の台湾南部で水利事業に携わった日本人技師の功績をたたえる式典でこう挨拶した。金沢出身の八田与一技師の事業100年を記念するもので、式典はマンゴーの生産が盛んな台南と金沢をオンラインで結んで開かれ、台南の会場には蘇貞昌行政院長(首相)も台北から駆けつけた。20年夏に死去した李登輝元総統が「台湾で最も愛される日本人の一人」と評していたのが八田技師だ。

 式典に合わせ、台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表(駐日大使に相当)は谷本正憲・石川県知事を訪ね、「教科書にも載っている八田氏との縁をきっかけに、石川県との交流を深めていきたい」と日本語で呼びかけた。李元総統と同じ京都大学で学んだ謝代表は、現在の与党・民進党の創設(1986年)メンバーであり、行政院長(首相)まで務めた台湾政界の重鎮だ。

 台湾では日本の植民統治に様々な見方がある。台湾の首脳が、外交関係(注1)がない日本との「友情」や「絆」を表明するのは、日本が、台湾防衛の後ろ盾である米国との同盟関係を強化し、「(台湾に近い)沖縄に米軍基地があり、台湾の安全上重要」(外務省元幹部)なためにほかならない。式典の前後に開かれた日米首脳会談(4月)、日EU首脳会談(5月)、先進7か国(G7)首脳会議(6月)で、米国とともに「台湾」を取り上げる役割をリードしたのが日本だ。欧米諸国への日本の外交的な影響力に対する期待は大きい。蔡総統が出席した式典では、安倍晋三氏、森喜朗氏ら、親台湾の有力政治家のビデオメッセージが次々に紹介されていた。

 台湾は、日本の政界での台湾支援を後押しするのが日本の世論だということを深く理解している。日本で災害などが起きると、蔡総統のSNSにはお見舞いのメッセージが日本語で書き込まれる。蔡総統サイドが「世論の反応を考慮して文面を練って即座に発信」(日台関係筋)しているのは、台湾との連帯感を高めてもらうことも目的だろう。

巧妙な米台の連携

 蔡総統は「自由で開かれたインド太平洋」を掲げる日米と連携する対外政策を進め、バイデン政権の「民主主義対専制主義」の「民主主義」陣営の一員との立場を鮮明にしている。東京大学の佐橋亮准教授(国際政治)は近著で、「米国の台湾への積極姿勢が米中台関係の中で際立つようになった。これまでは現状を変えようとする中国や台湾の動きに対して、米国が現状維持を強く求める形で両者の抑制や抑止を図ってきた。今や、米国が関係性を変えようと動くことが多い」としている(注2)。

 台湾との関係を強める米国について、東京外国語大学の小笠原欣幸教授(台湾政治)は「バイデン政権は『一つの中国』政策を言うことで米台を非公式な関係と位置づけて、中国の決定的な反発を回避しつつ、トランプ政権以上に堅実に台湾重視策を着々と進めている。『一つの中国』政策は守り札であるかのよう。中国からすれば隙がなくなり、対台湾攻勢で手詰まり感に悩まされているはずだ」と語る。

 バイデン政権の台湾重視が明確に示されたのが、台湾の対米窓口である駐米台北経済文化代表処の蕭美琴代表の大統領就任式(21年1月)への招待だ。1979年の米台断交以降初めてのことで、4月には台北の蔡総統のもとに、リチャード・アーミテージ元国務副長官(注3)ら非公式代表団が訪れ、台湾重視の方針が伝えられた。蕭代表は、独立志向が強い民進党の立法委員(国会議員)を長く務め、国際事務部主任として日米との議員交流にも取り組んできた。総統選では蔡氏と汗を流した側近であり、野党時代の蔡氏とは、アントニー・ブリンケン氏(現国務長官)ら米民主党関係者と「人権外交」などで人脈を広げてきた。

「インド太平洋」をアピール

 蕭代表とともに対米関係を推進するのが呉●燮外交部長(外相)だ。駐米代表を経験した民進党屈指の米国通で、欧州や豪州などのメディアとのオンライン会見(注4)をこなし、中国による軍事威嚇を非難、「民主主義」「自由」「人権」「インド太平洋」の言葉を駆使して、台湾への支持を訴えている。(●は金へんに「りっとう」)

 米国での台湾のロビー活動は、台湾海峡危機(95~96年)時を含む李登輝政権時代に、世界屈指の外貨準備高を誇る経済パワーで影響力を持っていた。ところが、2000年代、巨大な中国市場に引き寄せられる米経済界と中国の力が強まり、資金不足の台湾は劣勢に追いやられた。台湾が盛り返したのは、超党派で対中不信感が高まる米国で、新疆ウイグル自治区や香港の人権問題などを受けて「民主主義の台湾」「コロナ対策で成功した台湾」が注目されたためだ。

 蔡政権は、G7などで台湾が取り上げられた流れに乗り、インド太平洋地域への関与に乗り出している英国や欧州連合(EU)など、米国のパートナーとの連携に期待を寄せる。多くの欧州諸国とは「人権」「民主主義」の価値観を共有する。EUは21年9月、台湾との関係強化を盛り込んだ初のインド太平洋戦略を発表。リトアニアは7月、「台北」でなく「台湾」名義での代表処の開設を認めた。日本の外務省のある幹部は「この1年、台湾の位置づけは大きく変わった。長く台湾は欧州の関心の対象外で、かつては日米だけが、中国大陸近くにある『不沈空母』などとして関心を示してきた。それが『世界の半導体供給地』としても、グローバルな関心対象へと戦略的価値が高まった」と話す。蔡政権には、欧州など民主主義陣営の国々との関係を広げることで、米国の台湾支援を後押ししてもらいたい狙いがある。

現実的と評価される蔡総統

 米国が蔡政権に協力するのは、中国を挑発して台湾有事の主役になることはないとの信頼があるためだ。蔡総統は、中国の統一要求は拒否し、「独立」の動きも進めない現状維持の立場だ。米国は、軍事衝突を引き起こす「台湾独立」の動きは認めることはない。カート・キャンベル国家安全保障会議インド太平洋調整官も、台湾との実質的な関係を重視しつつ「独立は支持しない」との従来の米国の原則を表明している。民進党の陳水扁元総統(00~08年)は新憲法制定を掲げるなど独立色を押し出して中国との緊張を高め、米国との不和につながった。国民党の馬英九前総統(08~16年)は中国との関係の改善を進め、台湾有事のリスクを減らしたが、急速な対中接近が統一に反対する台湾世論の警戒を招いた。

 台湾・蔡英文政権の日米連携と展望

 英国で法学博士号を取得し、欧米の事情に精通した蔡総統は、李、陳両政権で対中政策を練り、WTO(世界貿易機関)加盟など国際交渉を長く経験した。米中との距離の取り方で民意が離れた過去の政権の教訓をくみとり、今ではワシントンの意向を踏まえた現実的な対応ができる指導者と評されている。

 東外大の小笠原教授は、日米共同声明などへの台湾明記について、「蔡総統の現状維持路線が理解されたことも重要な要因だ。民進党の党是の『台湾独立』を封印し、『中華民国』の外枠を維持して内側では台湾アイデンティティーを固める、現実的で巧妙で賢い策を静かに進めている。中国の『反国家分裂法』(05年)に基づく武力行使の口実を中国に与えないギリギリのラインを研究している。蔡総統は米国の信頼を勝ち得ている」と語る。台湾専門家の間では、米台のトップが、言動が予測不能だったトランプ氏や陳氏ではなく、バイデン、蔡両氏である限り、軍事的緊張をエスカレートさせる台湾による過度な挑発は起きないとみられている。

援軍の先端半導体

 蔡総統の大きな援軍となっているのが、世界最先端の半導体技術だ。米中台の関係でも注目されている半導体受託生産の世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC)。そもそも、台湾有事が懸念される大きな理由の一つが、世界的に供給不足が続く半導体の生産拠点になっているためだ。米政府は20年、米国の製造装置などで生産した半導体を、中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)に販売することを禁止。TSMCにとりファーウェイは米アップルに次ぐスマホ向け半導体の販売先だったが、TSMCはファーウェイへの販売を停止し、米国の誘致に応じてアリゾナ州の半導体工場の建設を決めた。

 「世界のハイテク産業の競争を左右する存在ゆえ、TSMCは米国の『ファーウェイ封殺策』の切り札とされた」と語るのは、日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の川上桃子・地域研究センター長だ。川上氏は「米中のハイテク覇権競争に翻弄される今の東アジアを象徴する事例。米国とは半導体技術と市場で歴史的なつながりが深く、中国は興隆する大市場を有する。米国の対中制裁により中国は半導体産業の発展を加速させている。台湾の製造拠点を米中双方が誘致する動きが予想され、台湾は中国によるハイテク人材の草刈り場にもなろうとしている」と話す。

 TSMC創業者は「台湾半導体の父」といわれる張忠謀(モリス・チャン)氏。蔡総統から、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の台湾代表を任されている。台湾の総統府は、20年9月に訪台したキース・クラック米国務次官、蔡総統、張氏の3人が並ぶ写真を公開している(注5)。米台連携を内外に示したい蔡政権と米国の意図が読み取れる1枚だ。TSMCの「半導体覇者」ぶりが、主要国と外交関係がない台湾の経済安全保障上の価値を高めている構図といえる(注6)。蔡政権は、半導体の外交的な価値が高いうちに日米欧との連携を進め、環太平洋経済連携協定(TPP)など国際的な枠組み入りを進めたい意向とされる。蔡総統が仕えた李元総統はかつて、筆者のインタビューで、将来の台湾のためには半導体産業の発展が重要で、日米との技術協力が必要だと強調していた。早くから経済安全保障を重視していた李元総統が育成に力を入れた半導体産業が今、教え子の蔡総統を支えている。

好調な経済は中国頼み

 日米重視の蔡政権の今後は経済と世論の行方次第だ。21年の実質域内総生産(GDP)の見通しは前年比5・88%増に上方修正され、好調を維持している。21年上半期(1~6月)の輸出額は半期として過去最高の2069億ドル(前年同期比31%増)を記録。最大の輸出先の中国(香港含む)向けが前年同期比32・6%増、輸出全体の42・8%を占めた(注7)。大黒柱の半導体が牽引(けん いん)役となり、輸出に占めるその割合は高まっている。最大のユーザー(市場)は中国で、中国・香港向けが伸びている。TSMCも4年前に中国の南京工場を稼働させ、多くの関連企業が台湾から現地に渡り、21年に入り、南京工場の拡張が明らかにされた。好調な経済は中国に依存している。

 ただ、対外直接投資に占める中国の比率が下がっていることから、中国が台湾企業などを通して台湾の政権に圧力をかける「以商囲政」(商売で政治を囲い込む)効果は急速に低下しているとの見方もある(注8)。東アジアの産業界を揺さぶる米国の対中経済デカップリング(切り離し)も、対中依存脱却を目指す蔡政権には追い風になっている。伊藤信悟・国際経済研究所主席研究員によると、中国を対米輸出拠点としてきた台湾のIT企業の多くが米国向け製品の生産・輸出拠点を中国の外に移すサプライチェーン(供給網)分散を進める。台湾企業が中国で生産するIT製品は、米政府が中国製の排除をもくろむものであったり、米国の追加関税の対象製品と重なったりしているためだという。伊藤氏は「台湾はITの米中対立の主戦場となった。対米輸出拠点を東南アジアや台湾に分散する台湾企業の動きの背後には、グーグルやアップルなど米国の顧客の要請があるとみられている」と述べる。

 蔡政権は対中依存脱却を目指し、台湾に戻る企業に土地や電力、雇用で優遇する支援(台湾投資回帰策)などを進める。サーバーや液晶パネルなどが認可され、域内の雇用を生み、経済成長につなげている。もう一つは「新南向」政策で、東南アジアなどとの経済関係を促す、李、陳両政権時の南向政策の現代版だ。経済効果は小さいが、米国のインド太平洋戦略とリンクさせる対外策の一つと位置づける。蔡政権が経済成長と対中依存脱却策として期待を示してきたのがTPPへの参加だ。9月に正式申請したが、台湾に先立ち中国も参加申請したこともあり、先行きは不透明だ。

アフガン巡る「世論戦」

 経済と連動して注目されるのが世論の動向だ。台湾では、香港の民主派弾圧で、中国が呼びかけてきた「一国二制度」による平和統一の気運は完全に遠のいている。「自分は中国人ではなく台湾人だ」との意識は高まる流れにあり(注9)、「中国政府は台湾の友人か」を尋ねる調査では「賛成」23%に対して「反対」が過去最高の73%にのぼる(注10)。2期目の蔡総統の任期は24年まで。「中国の強権的なコロナ対応や香港での人権弾圧で中国と融和する政権に戻ることはない」(台湾の40代男性)というように、「一つの中国」原則を認めない民進党が再び政権を託されるとの見方をとる人が多い。

 そこに起きたのがアフガン情勢の混乱だ。中国のメディアは、米国の同盟地域の世論を揺さぶるかのように、「今日のアフガンは明日の台湾」「米国は最後に台湾を見捨てる」という論調の記事を流し、台湾の野党や野党系メディアからも蔡政権の「米国一辺倒」を不安視する声が上がった。中国の「世論戦」に台湾の世論は動揺しやすい。野党支持者を中心に、中国との決定的な対立は望まず、米国への過度の期待を警戒する世論が存在するためだ。少子高齢化が進む台湾では「防衛費を自在に増額できる中国にいつまでも対抗できない」と考える住民もいて、「経済が悪くなれば、高価な米国製兵器購入に貴重な税金を投じることへの疑問の声があがる」(報道関係者)世論の下地もある。

 台湾の関係者の間には「米国のインド太平洋戦略で地政学的に重要な台湾はアフガンとは違う」「アフガンと台湾を結びつけるのは中国の政治的な言説」「米重視の政策は変わりようがないが、世論への影響は避けられない」「むしろ米台の協力が加速するのでは」など様々な見方がある。米国との防衛協力の動きを加速させるのか、慎重に対応すべきかを巡り、アフガン情勢が台湾世論の分断を進める契機になるのでは、と指摘する台北の識者もいる。

 バイデン大統領は、カブール陥落後の演説で「アフガン軍が自ら戦う意思がない戦争を米軍が戦うべきでない」と述べた。米国は以前から、台湾に防衛費増額を求めている。アフガン情勢を受け、蔡政権は自衛力の強化と住民の結束を呼びかけている。野党・国民党も、台湾防衛に死活的に重要な米国との関係は今後も最優先とするはずだ。台湾の政権は、一段の防衛力の整備を迫られていくことになろう。

 米国についても、中国のイメージの悪さが続くかは不透明なところがある。米政府も人権問題や政治体制の観点を常に外交・安全保障政策で重要視するわけでなく、時にきわめて現実的な視点が優位にたつことは米外交史で繰り返されてきた(注11)。台湾は、米国との断交など米中関係に揺り動かされ、「台湾有事の議論も米国の対中カード(駒)」との冷めた見方をとる住民は少なくない。2001年の米同時テロで、それまで中国を「戦略的競争相手」として台湾寄りの姿勢をみせていた当時のブッシュ政権は、対テロ戦争遂行のために対中協調に転じている。中国の「世論戦」が一定の効果を持つとされる背景には、米中台をめぐる、こうした歴史がある。

「現状維持」と日本の役割

 東アジアで米中の軍事バランスが中国優位に進む中、台湾海峡の現状維持はどうすれば保てるのか。東大の松田教授は四つの条件を挙げる。<1>米軍が能力を増強させ、台湾への関与を継続する(台湾を見捨てない)<2>日米同盟を強化し、機能させる<3>現状を保てるという住民の将来へのコンフィデンス(自信)が維持され(抵抗をあきらめない)、国際社会がそれを後押しする<4>台湾が中国を過度に「挑発」することを抑制する―。<1>と<3>について松田教授は「台湾への武器売却は、米中の軍事バランスを大きく変えるものではないが、中国の圧力に直面する台湾の住民が防衛努力をあきらめないことを後押しする効果は大きい」という。中国の「世論戦」に対峙(たい じ)するためには、<3>の「台湾住民の自信の維持」の重要性が増すことになるかもしれない。

 ワシントンでは「中国をわざと挑発する必要はないが、(日本は)台湾の国際的な地位の確保に手をさしのべることも必要だ」(注12)と、日本の新たな役割を期待する声が高い。日本は台湾とどう関わっていくべきか。松田教授は「日本の防衛力を整備し、日米同盟を強化することが、台湾有事の抑止につながる。アフガンの混乱後、中国は住民の動揺を誘う心理戦をしかけ、米国は台湾支援のメッセージを表明した。その米国は世界に目配りする必要があり、台湾と地理的に近い日本は米国とは違う役割が果たせる。孤立する台湾の世論は動揺しやすく、将来に対する住民の自信を支えることが大切だ。日本は住民の安心につながるよう、台湾への関心を示し続けることだ。コロナワクチンの提供は好例だ。(非軍事分野での)台湾との関わり方をめぐり、日米間で調整・連携を進めることも必要となるだろう」と話す。

コロナ対策など民生支援を

 日台間には観光客往来など人的な交流の厚み、災害時の支援の経験、良好な住民世論(注13)の存在がある。99年の台湾大地震で日本は国際緊急援助隊を送り、11年の東日本大震災では世界で最も多い200億円以上が台湾から送られた。台湾は、日本がマスク不足だった20年春に「友好マスク」を寄贈し、21年は9月中旬までに日本が5回にわたり計390万回分のワクチンを供与している。

 感染が再拡大した5~6月の台湾住民の関心は台湾有事よりワクチンの国際調達だった。米国からも250万回分が提供された。台湾有事も見据えた米国との役割分担の調整を進め、日台の間では、新型コロナ対策などの防疫や医療、減災など、民生・経済分野の協力を拡大することが現実的だろう。国際社会、日台双方の広範な世論の支持を得ることができるからだ。ワクチンの供与で「台湾の人は日本が台湾を大切に考えていると感じることができた。中国から圧力を受けても、台湾の現状維持を将来も目指すという台湾の人の支えにつながっている」(小笠原教授)という。

 ただ、台湾の対日感情は良好とはいえ、「親日の台湾は日本の味方」という認識があるとすれば注意が必要だ。住民の大多数が日本に信頼を寄せているというわけではない。日台間では、中国に融和的だった国民党の馬英九政権時にむしろ、長年の懸案だった漁業協定(13年)や投資協定(11年)締結など制度的な関係が進展した経緯もある。対中関係を重視する野党系とも意見交換をする必要があるだろう。

 オランダとブラジルの大使を経て、交流協会台北事務所代表を務めた池田維氏は「自由で民主主義が定着した台湾は日本にとって重要なパートナーであり、友人だ。新型コロナなど感染症対策は世界的な課題であり、WHO(世界保健機関)オブザーバー参加など、台湾の国際的な空間を広げる協力をすることが必要だ。台湾はインド太平洋地域の重要なメンバーで、経済・技術力からしてTPPなどの一員になることは自然なこと。欧米と台湾の橋渡しも日本の役割となる」と提言する。

 中国の習近平政権は武力による威嚇を続け、台湾有事の十分な備えが重要になりつつある。池田氏も「将来、仮に『台湾有事』が発生して米軍が出動することになれば、日本は安全保障関連法に基づき、米軍支援に自衛隊が動く事態もありうる。日米首脳会談やG7サミットでうたわれた『台湾海峡の平和と安定』にどう取り組むのか、日本の外交・安全保障戦略の大きな課題となる」と語る。

 台湾では、米国、その同盟国の日本が台湾にどう関わるのか、より注視されていくだろう。22年は日中国交正常化50年、つまり、日本と台湾が断交して50年になる。外交関係がない台湾にどう向き合っていくのか。対米、対中関係とあわせて戦略的に検討し、冷静に議論を進めていきたい。

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧はこちらにまとめています。
タグ: