シートベルトのバックルがまた「悪成長」している【岩貞るみこの人道車医】
シートベルトバックルの「悪成長」
このところ私を悩ませていることがある。20年ほど前にも流行った「病」。一時期、収まっていたというのに、このところまた「再発」しているのである。
その「病」とは。シートベルトのバックルの成長である。
シートベルトは、言わずもがなの安全装置だ。前面衝突時に体を支え、いや、シートに縛り付け、車内のあちこちに人体をぶつけないようにしてくれる。救命救急医によると、それまで即死していたような人が、まちがいなく助かっているという。
3点式シートベルトの前席装着が義務付けされる30年ほど前までは、前面衝突事故の場合、ドライバーはハンドルに頭部か胸部を強くぶつけ、脳挫傷、肺破裂、心臓破裂が起こっていたという。肺は空気の入った風船だし、心臓も血液の入った水風船なので外部から強く押されれば破裂しやすいのである。
しかし、装着が義務化されるとハンドルなどにぶつけるケースがなくなり、即死が減ってきた。素晴らしい。しかし、同時に増えてきたのが、下腹部を中心とした内臓破裂である。
なぜ?
前面衝突したときドライバーはシート座面から前方に滑り落ち(サブマリン現象)、シートベルトが腹に食い込むのである。
特に、コンパクトカーの場合、人のいるキャビンがつぶれないように固く作る。ただ、ノーズ(エンジンのあるところ)が短いため衝撃を吸収しきれず、ぶつかったときにオシリが跳ね上がる。シートはさながら滑り台状態になり、サブマリンしやすいのである。
シートベルトが腹に食い込めば、内臓がやられる。小腸、大腸、S字結腸、腸間膜。これらはまだ外傷~手術開始までの時間に余裕がある場合が多いけれど、肝臓がやられると一気に大量出血だ。出血多量~血圧低下~死亡。病院まで遠い場所で事故&ケガしたら、助からない確率が一気に上がる(だからドクターヘリが活躍する!)。
サブマリン現象が起こるのは
ただ、読者のみなさんは疑問に思うかもしれない。だって、自動車メーカーなどで公開している映像は、「衝突する~シートベルトで上体をシートにくくりつける~それでもお辞儀をするように前へと動く頭部をエアバッグで受け止める」というものだからだ。サブマリン現象など、起きていないのである。
なぜ現実と違うのか。こういう映像を撮るときや、国交省の衝突実験をやるときは、自動車メーカーの担当者が、ダミー人形のオシリとシートのあいだに隙間ができないようにきっちりと座らせ、ミリ単位でシートベルトがかかる位置を調整し、ゆるみのないように巻き上げるなどしているからである。
それは裏返せば、いい加減な座り方をし、適当にシートベルトをかけていれば、同等の効果は得られないということ。その結果が、そこかしこで起きているシートベルト外傷である。交通事故の報道で「内臓損傷で死亡……」とあれば、それはほぼ、このことだと思っていい。
ちゃんとオシリに隙間がないように座ろう。シートベルトも、腰骨の低い位置にしっかりかけよう。
シートベルト外傷で目の前で何人もの人が亡くなったケースを取材してきた身としては、これまで以上に座り方に気を付けている。
バックルの長さと安全は両立できる
ところがである。
最近、シートベルトをかけると、腹部に隙間ができる(!)クルマが増えているのである。理由は「バックルが長いから」。
おデブな人が、シートベルトがしめにくいと言い、バックルがにょきにょきと成長しているのだ。実は20年ほど前にもその傾向があり「死にたくない!」とあちこちで騒ぎまくった経緯がある。その後(私の声のせいだけではないが)、短くなった気がするのだ。ところが、ここ数年、また伸びてきたのである。なぜなぜ、どうして?
開発者に確認すると「安全性は保てている」という。でも、私は信じていない。だって私の腹部に、げんこつが入るくらい空間があるのだ。ちょっと気の抜いた座り方をしたら、ぜったいにやばい。事故のときに座面から滑り落ち、シートベルトが腹部に食い込みそうで怖くてしかたないのである。
メルセデスベンツ GLAのシートベルトバックル。長く飛び出しているが、装着するとしっかりフィットする。先日、メルセデスベンツの『GLA』に試乗した。ドアを開けると長いバックルが視界に入った。メルセデス、お前もデブの声に屈したのか!
そう思いながらシートベルトを装着すると、あら! バックルは長いのに、装着すると隙間なくしっかりはめられるのである。さすが、メルセデス。両立はできるのだ。
隙間ができるタイプしか作れない自動車メーカーに、ここではっきり言おう。手抜きだ。もしくは、一所懸命やってその状態なら、技術がないということか。もしくは、やる気がないということ?
華奢な女性が安心して使えるシートベルト、作ってください、よろしくお願いします。
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、ノンフィクション作家として子どもたちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。