【三菱 eKクロス スペース 650km試乗】『N-BOX』と真っ向勝負できる軽スーパーハイト
三菱自動車の軽スーパーハイトワゴン『eKクロス スペース』で650kmほどツーリングを行う機会があったので、インプレッションをお届けする。
三菱自の軽自動車ラインナップにFWD(前輪駆動)系のスーパーハイトワゴン『eKスペース』が加わったのは2014年。今回テストドライブしたSUV風デコレーションモデルのeKクロス スペースは2020年デビューの第2世代である。
第1世代との大きな違いは開発実務の主体が三菱自から日産自になったことで、プラットフォームもルノー=日産連合のもの。日産にとっては前年の『デイズ』/『eKワゴン』に続く自社開発軽第2弾である。日産は「良い足はタイヤやパワーを問わない」という思想を持っており、足まわりのチューンはFWD or AWD(4輪駆動)の2種類のみ。グレードによる差はなく、日産と三菱自の間でも違いはない。ということで、今回のインプレッションは日産版のルークスにもほぼ共通すると言っていいだろう。
ロードテスト車両のグレードはターボ車の「T」で駆動方式はFWD。試乗ルートは東京を起点に千葉の九十九里方面、および栃木の奥日光を周遊するというもので、総走行距離は655.4km。道路種別は市街地3、郊外路3、高速2、山岳路2。路面コンディションはほぼドライ。1~2名乗車、エアコンAUTO。
まずeKクロス スペースの長所と短所を5つずつ挙げてみる。
■長所1. デイズ/eKワゴンに比べてクルマとしての動的質感が格段に高くなった。2. 大変ナチュラルになった操縦感覚。3. 少々大きな路面の不整でもネを上げない頑強なボディ、シャシー。4. 軽スーパーハイトワゴン随一のインテリアの質感。外装のフィニッシュも綺麗。5. 最高グレードだけだがアクティブハイビームを装備可能になった。
■短所1. 価格が高い。2. パッケージオプションが多く、装備選択の柔軟性に欠ける。3. ADAS(先進運転支援システム)が標準でなく、装備不能グレードもある。4. 全体的に良好だが、あとひと息乗り心地が滑らかになれば。5. ルーフレール以外にもうひとつSUVらしさが欲しい。
「ルークス・ハイウェイスター」のデザイン違いじゃ惜しい?
少し前振りにフロンドビューを撮ってみた。細部までよくデザインされている。ルークス/eKスペースは前年の2019年にリリースしたデイズ/eKワゴンに続く、日産の自社開発軽自動車第2弾。実際にドライブしてみた印象は「初モノから1年でやりたいことがずいぶんやれるようになってきたな」というものだった。
デイズは普通車ライクに仕立てようとする思いが先走ってか前サスペンションが突っ張りすぎるきらいがあったが、eKクロス スペースはしんなりと良い手応えでロールするようになり、前輪の路面のつかみは断然良くなった。ステアリングへの路面情報の伝わり方もマイルドになり、ドライブフィールはより上質になった。ターボエンジンは同型の自然吸気より燃焼音が柔らかで、それも動的質感を高く感じさせる要因となっていた。
日産/三菱自の軽自動車は三菱自主導時代はバジェット路線だったのだが、日産主導になってホンダ『N-BOX』が君臨する高価格高性能路線へと上級移行した。日産開発の軽自動車は軽専用プラットフォームではなく、新興国向け小型車をベースとしたもの。諸性能や乗り心地を出しやすい半面、コストや軽量化などについては不利。同等装備で比べた場合の車両価格はライバルの中で一番高いが、それもやむなしといったところだろう。そういう特質を考えると、普通車ライクな軽作りで高くても買ってもらえることを目指すというのは最も自然な形である。
と言っても、極端なナロートレッドの軽自動車作りにはそれなりに高いノウハウが必要で、上位モデルのコンポーネンツを使えば自動的に良い軽モデルが出来るというものではない。デイズ/eKワゴンの時は優れた部分も多いが失点もそれなりに多いという感じであった。それだけにeKクロス スペースがたった1年後れでずいぶんな好フィールを見せたことは良い方向に予想が裏切られた格好。足まわりのスペックは違えど基本コンポーネンツは共通なので、トールワゴンのデイズ/eKワゴンもランニングチェンジでフィールが改善される可能性もありそうだなと思ったりした。
感触上々な仕上がりだったeKクロス スペースだが、三菱自ブランドの価値を上げていくパワーという観点では物足りなさを覚えたのも確かである。フェイスは一瞥してイマドキの三菱自モデルと識別できるもので、日産ルークスには設定がないルーフレールを追加装備することも可能。ヒルディセントコントロールもeKクロス スペースの独自装備だ。が、SUVをブランドパワーの柱とする三菱自が“クロス”を名乗るのに、違いがそれだけというのは少し寂しい。
最低地上高をイジるのはコストもかかるので難しいにしても、トラクションコントロールを路面コンディション別に切り替えられるようにしたり、グラストップを装備したりといったことでアウトドアイメージを盛れていたなら、「ルークス・ハイウェイスター」のデザイン違いという従属的なポジションからもっと自由になれたかもしれない。素性がいいだけにちょっぴり惜しい気がするクルマだった。
走行性能・乗り心地
165/55R15サイズのブリヂストン「エコピア EP150」を履いていた。軽自動車に55タイヤの組み合わせは乗り心地のチューンが難しいものだが、eKクロス スペースの履きこなしは見事だった。もう少し詳しく見ていこう。まずは操縦安定性だが、デイズ/eKワゴンより重心が高いにも関わらず安定性はeKクロス スペースのほうが上であった。ポイントは2つで、コーナーでステアリングを切ったときの前外側サスの沈みが素直かつ滑らかになったことと、コーナリング中に路面の不整箇所を踏んで突き上げられたときのぐらつきが非常に少なかったこと。これによってオンザレール感が劇的に向上し、悪路やウェット路面での強アンダー癖も解消した。別にスポーツカーのように走るクルマではないが、山道でも安心なフィールというのはファミリーでちょっと遠くへお出かけするときの運転役にとっては嬉しい性能と言えるだろう。
サスペンションは前マクファーソンストラット、後トーションビーム、ロールを抑制するスタビライザーは前サスのみと、特段凝った仕掛は持っていない。それでも実際の走行で大変良いタッチを実現できているのはボディの強固さによるところが大きいのではないかと思われた。ねじれ剛性などの値を計測できるわけではないが、たとえばコーナリング中にギャップを踏んだときにロールで縮んだサスペンションがもう一段滑らかに縮む感触が軽自動車離れしたものだったりと、いろいろなシーンでボディワークの良さが感じられた。
同じようなクオリティ感を持っているモデルは軽スーパーハイトワゴン首位のホンダN-BOXだが、eKクロス スペースはそのN-BOXと好対照のセッティング。N-BOXは4階級上の同社のミッドサイズセダン『アコード』もうかうかしていられないほどの直進性の良さが身上であるのに対し、旋回はそれほど敏捷ではない。eKクロス スペースはその旋回性に優れる半面、直進性はN-BOXに後れを取るという感じであった。もちろん車両価格が高いことを考えると低性能であっては話にならないというものだが、それでも軽スーパーハイトワゴンでは孤高と思われたN-BOXとパフォーマンスで真っ向勝負できるモデルが出てきたのは一層の切磋琢磨が期待できるという点でユーザーにとっては朗報と言えよう。
強固なボディとしなやかなサスペンションの相乗効果で乗り心地も概ね良好。タイヤは軽にとって履きこなしが難しい165/55R15のロープロファイルタイプだが、それをN-BOXカスタムと同じくらい上手く履きこなしている。ただしセッティングはN-BOXより少し固め。もう一息柔らかくしたほうがフラット感が高まって一般ウケしそうな気もした。もっとも今より柔らかくするとトレードオフで独特のライントレース感が薄れてしまう可能性もある。筆者個人としては現状のダンピングが効いたスポーツセダン的な乗り味に好感を持った。
動力性能・燃費
エンジンは0.66リットルターボ。自然吸気に比べて明らかにエンジンノイズが柔らかく、パワーも豊かだった。ロードテスト車のエンジンは3気筒0.66リットルターボ。性能は最高出力47kW(64ps)、最大トルク100Nm(10.2kgm)。変速機はベルト式CVT(無段変速機)。それに最高出力2kW(2.7ps)、最大トルク40Nm(4.1kgm)の電気モーターがセットアップされ、ごく小規模なマイルドハイブリッドシステムを構成している。
ウェイトが同格モデルの中で最も重いことからドライブ前は鈍重なのではないかと思ったりもしたが、実際にドライブしてみると中速域のトルクがそこそこ豊かなうえCVTの応答性も悪くなく、非力感は覚えなかった。予備ブーストなどをかけないスタンディングスタートでの0-80km/h加速タイムは実速度ベースで10秒9であった。以前ロングドライブを試したデイズの自然吸気版は騒音・振動がやや大きくがさついた感があったが、このターボエンジンは非常に柔らかいフィールで悪くなかった。
燃費は2区間で計測。1名乗車で高低差の少ないルートを市街地、郊外路半々で201.1km走った時が22.4km/リットル(平均燃費計値23.5km/リットル)、2名乗車で奥日光を巡る山岳路や高速道路などを含むルートを326.4km走った時が19.6km/リットル(同21.0km/リットル)。車両重量的に燃費には期待していなかったのだが、マイルドハイブリッドの恩恵もあってか思いのほか良好だった。WLTC値は市街地16.7km/リットル、郊外20.0km/リットル、高速19.1km/リットル、総合18.8km/リットルと凡庸だが、オンロードではその数値から受ける印象よりずっと燃費良く走れるという感触であった。
居住感・ユーティリティ
それほど低床設計というわけではないが、後席の広さ自体は十分以上。居住空間の広さは軽スーパーハイトワゴンの最大のセールスポイントであり、この点がダメなモデルは存在しない。室内寸のスペックはあまりアテにならないものだが室内長2200mmはN-BOXに次ぐ長さで、後席をめいっぱい後にスライドさせると無駄なほどに広いレッグスペースを確保できる。
eKクロス スペースの室内の特徴的なところは前後シートの座面および背面のクッション厚に余裕があることで、サスペンションからの振動の体への伝わりがマイルド。シャシーの項で固いがダンピングが効いていて気持ち良いと書いたが、シートも動的質感の向上に少なからず寄与しているものと思われた。
クッション厚に余裕を持たせたことのワリを食ったのはシートアレンジ。フルフラット、後席ロングスライドによる荷室拡張などひととおりの機能は揃っていて、普通に使うぶんには十分便利なのだが、後席シートバックを前方に倒した時の床のフラットさ、フルフラットにしたときの凸凹の少なさではライバルに見劣りする感があった。停まっている時や荷運びの機能性より走っているときの質感をより重視したパセンジャーオリエンテッドなコンセプトの産物なので、それ自体が欠点とは思わなかったが、アウトドア色の強さで日産版のルークスと差別化するポイントがひとつ欲しくなるのもまた確かだった。小物入れはスーパーハイトワゴンとしては標準的。
操作性・先進運転支援システムなど
フロント・ダッシュボードまわり。日産ルークスと並び、質感はライバルをぶっちぎる高さ。コクピットでの操作性は機能によって良い、悪いがハッキリしている。各ファンクションのキーの配置は日産ルークスと基本的に同一だ。操作性が良いのはステアリングスイッチ。キーの配列、各キー同士のクリアランスや段差付けによるブラインドタッチのしやすさ、機能の割付など、かなり考えて作られているという感があった。
その中で唯一迷わされることが多かったのはハンズフリーフォン。電話の呼び出し、切断スイッチは右手側に、それ以外の操作は左手側にあるのだが、近年は機能ごとにエリアがまとめられた設計に馴らされていたせいか、650kmという限定的な旅行距離の最後まで何となく違和感が残った。
エアコン操作は旧型に続き、静電パネル方式。初代はこれが使いにくいこと甚だしく、デザイン性と掃除しやすいこと以外にメリットは一切ないという感じだったのだが、現行モデルは明確な凹凸がつけられたのに加え、操作すると振動が発生するようになったので、初代に比べると大幅な進化である。ただし、絶対的にはまだ物理キースイッチのほうが使いやすいように思えた。
カーナビは9インチサイズのえらく立派なものがついていた。ドライブレコーダーや全周カメラビューなどと連動する高機能型で、使い心地は基本的に大変便利に作られており、“これはダメだろう”というような不満は感じられなかった。ただ、お値段もメチャクチャ高い。個人的には2DINサイズのディスプレイオーディオを装備し、AppleCarPlayやAndroidAutoを使ってスマホナビを画面に表示させれば十分ではないかと思った。
軽でここまで頑張るかというくらい丁寧な造形が印象的だった。ライティングはボンネット下がヘッドランプ、バンパー上がロードランプ。最後に運転支援システム系とヘッドランプ。ADASはステアリング介入ありの車線維持、路外逸脱防止などの機能を持つフルスペック型だが、オンロードでの動作も大変良好なものだった。日産のエンジニアが「現時点では車幅が狭いほうが車線維持の精度を高めやすい」と語っていたが、たしかにチョロチョロとした動きは少なく、車線の失探率もかなり低いほうであるなど良さのほうが目立った。ただしホンダが同等の機能レベルの「ホンダセンシング」の標準装備を進めていることを考えると、7万円強にお値段を抑えているとはいえオプション装備しなければならないというのはちょっと後進的だ。
ADASと並んで好印象だったのは、これまたオプション設定しなければならないのだが高機能ヘッドランプ。先行車や対向車を避けて照射するアクティブハイビームで、照射能力自体もかなりいいほうだった。長距離ドライブのナイトセッションではこれがあると相当便利だろう。ただし単独ではつけられず、高価なセットオプションとなるのが残念なところ。
まとめ
日光・金谷ホテル近くで「いちごの里カフェ」という喫茶店を見かけたので寄り道。軽スーパーハイトワゴンは日本の自動車マーケットの中で最大のカテゴリーという側面と、国内限定であるがゆえのパイの小ささという二面性を持つ。そこでのプレーヤーはOEMを除くとスズキ、ダイハツ、ホンダ、そして日産=三菱自の4勢力だが、それらが国内オンリーの小さいパイを激しく奪い合うことで各社の商品力はとんでもなく高いものになっている。走り、快適性、便利機能、価格など、何を重要視するかが各社の違いを生んでいるが、基本的にはどれもいい。予算と商品性の折り合いが付くのなら、どのメーカーの製品を買ってもハズレはないと考えていい。
eKクロス スペースもそれは同じだ。パッケージオプションが多く、購入価格が高くなる傾向があるが、シャシー性能に余裕があり、操縦性や乗り心地、静粛性は良好。内外装の質感も申し分ない。アウトドアテイストはコアなファンが三菱自のクルマに期待する水準に達していないが、ディセンドブレーキ、ルーフレール、撥水インテリアなど、一生懸命独自色を出そうとはしている。少なくとも第一印象で気に入ったユーザーが買った後に不満を抱くような要素はほとんどないのではないかと思われた。
おススメグレードだが、どのみちお値段が高いのだからターボエンジンを搭載する「T」にしたい。運転の仕方にもよるだろうが、テストドライブの印象ではオンロードでの燃費は自然吸気と大して変わらず、一発加速が欲しいというときの余裕は自然吸気とは比べ物にならない。
そのTにADAS、アクティブハイビーム、人や他車の接近などを検知する全周センサーなどがセットとなった先進安全快適パッケージ、撥水インテリアや本革巻きステアリングホイール、運転席側電動スライドドアなどがセットになった後席パッケージD、ルーフレール、スマホナビをミラーリングできるディスプレイオーディオをつけて2トーンカラーを選択すると合計約255万円となる。軽自動車としては無茶苦茶高価だが、これがeKクロス スペースらしさを満喫できる仕様だ。
それではいくら何でも高すぎるという場合、ADASさえあればアクティブハイビームは不要、撥水インテリアなども不要、電動スライドドアは助手席側だけでOKと割り切ればパッケージオプションの価格がぐっと下がり、お値段を穏やかな範囲に抑えることができる。また、これらが不要な場合はひとつ下の自然吸気グレード「G」も選択肢に入ってくるだろう。
ドライブの最遠到達地は日光湯元。麓から全線にわたって融雪剤が撒かれており、天候が良ければサマータイヤでも行くことは可能。