循環型農業の理想形?「アクアポニックス」普及への課題とは|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社
同じ土地で農業と陸上養殖を同時に行う「アクアポニックス」という新しい農法が注目度を高めています。農業・畜産業では 家畜排泄物処理の方法として、堆肥化した上で農作物の肥料・土壌改良剤として有効活用しています。同じように、アクアポニックスは養殖魚の排泄物を農作物の肥料にしようという試みです。
アクアポニックスでは農業と養殖の双方にメリットがあります。農業生産の観点では、通常は購入している肥料(液体肥料など)の多くが不要となります。また、養殖の観点では、水処理コストの低減などのメリットがあります。閉鎖型の陸上養殖を行う場合、飼育している魚が排泄する有害なアンモニアを水槽内から継続的に取り除くことが必要です。閉鎖循環型の陸上養殖システムでは、硝化細菌の働きにより、まずアンモニアを亜硝酸、そして硝酸に変えて弱毒化し、その後硝酸を脱窒装置によって取り除くというプロセスが一般的です。一方アクアポニックスは、 バイオフィルター内の硝化細菌が分解した硝酸を含む水を、 水耕栽培の設備に循環させることで植物が硝酸を栄養分として吸収し、浄化された水が再び魚の水槽へと戻っていくシステムです(図)。アクアポニックスは生産性と環境への配慮を両立させる生産システムとなっており、 循環型農業の一つの理想的な形と指摘する専門家もいます。
なお、水槽の上にプランターを設置した家庭や学校教育向けの小規模で簡易的なアクアポニックスキットも市販されており、インターネットやホームセンターなどで数千円~数万円程度で購入することが可能です。 ただし、アクアポニックスはまだ本格的な普及段階には至っていないのが現状です。研究規模のシステムでは技術開発が大きく進展していますが、本格的なビジネス規模ではまだ発展途上であり、いくつかの課題が残っています。まず、使用する水について、野菜を水耕栽培する設備と魚を養殖する飼育槽を循環することになるため、養殖できる魚は原則として淡水魚に限定されます。一方で、日本国内では淡水魚は総じて高い卸価格とはならず、通常の陸上養殖(トラフグ、ヒラメ、ハタなど塩水で育てる高級魚が中心)に比べて、収益性が落ちてしまいます。また、水耕栽培の野菜に対しては、養殖に悪影響がないように魚の排泄物以外の肥料や農薬などの使用が制限されます。加えて植物工場が、陸上養殖のいずれでも育てる野菜や魚種に合わせた丁寧な水質管理が必要とされますが、アクアポニックスではそれぞれ生育に最適な温度・水質(pHなど)などが合っている野菜と魚種の組み合わせを選ばないといけないことも留意すべき点です。このように、導入を検討する際に当たっては、その採算性について慎重に検討する必要があると言えます。
SDGsへの関心が高まり、他産業と同様に農林水産業が環境に与える影響に対して厳しい目が向けられるようになってきている時代において、アクアポニックスの概念自体は将来性のあるものと言えます。今後、高単価魚種への対象の拡大や、魚と野菜双方の生育状況や品質を向上させる組み合わせや栽培技術の確立など、研究の広がりが待ち望まれます。
(「図解よくわかるフードテック入門」p.138-139 より抜粋)
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<目次(一部抜粋)>第1章 脚光を浴びる次世代技術“フードテック”第2章 フードテックを後押しする社会トレンド第3章 次世代のタンパク源“代替肉”第4章 新製品が続々登場する“藻類食品”第5章 異色の新食材“昆虫食”第6章 農産物栽培を人工的にコントロールする“植物工場”第7章 バイオテクノロジーを駆使した“スマート育種”第8章 消費者ニーズと環境配慮に応える“陸上養殖”第9章 流通や加工におけるフードテックの躍進第10章 フードテックを取り巻く政策
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