柔道・出口クリスタ、カナダ代表でめざす世界一の夢

25日に東京・日本武道館で開幕する柔道の世界選手権で、異色の柔道家が世界一を目指している。女子57キロ級カナダ代表の出口クリスタ(日本生命)だ。2年前、父の祖国代表への転身を決断した日本育ちの23歳は飛躍的に成長。かつて水をあけられた同い年の芳田司(コマツ)のライバルとして立ちふさがる。

6月下旬、母校の山梨学院大。カナダ国旗が縫い込まれた柔道着に身を包み、時に学生を指導しながら乱取りに励む出口の姿があった。直後のグランプリ(GP)モントリオールで優勝し、国際大会などを4連勝。世界ランク2位として大舞台に乗り込む。3年前は想像しにくかった躍進に、稽古にも熱が入る。

英語講師として来日したカナダ出身の父と日本人の母との間に長野県で生まれ、地元の誠心館道場で柔道を始めた。松商学園高時代は全日本ジュニアで芳田を破って優勝。前途洋々の柔道人生はしかし、大学に入ると優勝から遠ざかった。

柔道・出口クリスタ、カナダ代表でめざす世界一の夢

パワーで押す柔道を「強引に相手に押しつけてきた」戦いが通じなくなったのが原因だった。ずぬけていた怪力も、大学やシニアでは大きな武器にならなくなった。芳田や1学年上の玉置桃(三井住友海上)がシニアやジュニアの世界大会を制し頭角を現す陰で、自身は16年講道館杯で2回戦敗退。カナダ代表のコーチから誘いがあったのは、五輪もうたかたの夢になりかけたころだ。

高校でも同じ打診がありながら「裏切りと思われるのが怖くて」断っていた。しかし、五輪の夢をかなえるために迷いを振り切り、「練習終わりに自転車に乗っている時に決めました」。

誠心館道場の恩師をはじめ、周囲にも背中を押されての決断は出口を変えた。日本では遠かった国際大会に派遣されるうち、「瞬発力、刈りきる力といったポテンシャルが、経験も積んで発揮されてきた」と山梨学院大の山部伸敏・女子監督。18年グランドスラム(GS)パリを皮切りに国際大会を立て続けに勝った。「吹っきれたというか、メンタル面で変わったかな」と出口は振り返る。

国内でうずもれた存在から殻は破った。世界女王になるため、残る壁は芳田の存在だ。昨年の世界選手権は準決勝で当たり、接戦を落とした。「4分間で仕留めようとがつがつ攻めすぎて延長で体力が切れて。相手は体力勝負になれば勝てると分かっていたと思う」。それでも死守した銅メダル。「目標をつかめる位置にきたな」と初めて思えた大会でもあった。

国籍変更に対し、SNS(交流サイト)上には「日本から出て行け」と心ない声も届いた。一方で、その何十倍もの応援の声が支えになった。周囲は柔道家としての夢を追い続ける出口の決断を支持する声が圧倒的に多かったという。勤務先の日本生命甲府支社の上司、菅沢直文さんは「どこの代表かは関係ない。五輪で活躍する姿が見たい」と話す。女子日本代表の増地克之監督も「カナダで頑張れ」と温かく送り出してくれた。

出口自身、自分のためだった決断が「今は家族や受け入れてくれたカナダの人たちを含め、いろいろな人の気持ちを背負っている」とかみしめる。東京の畳で日本の柔道家と頂上決戦が実現すれば、日本スポーツ界のグローバル化を象徴する新たな1ページとして刻まれることにもなるだろう。

(西堀卓司)

 女子57キロ級の芳田は世界選手権で2017年銀、18年には初優勝を果たした。12年ロンドン五輪金メダル、16年リオデジャネイロ銅で今年引退した松本薫の後継者として地位を確立している23歳は、世界ランク1位として臨む今大会で連覇を果たせば東京五輪代表にも大きく近づく。
 順当なら決勝で当たる出口とは昨年1勝1敗。2月のGSパリで宝刀の内股をすかされて技ありを奪われるなど合わせ技一本で敗れたが、世界選手権は延長戦でその内股を決めて雪辱した。
 寝技も巧みで最近は担ぎ技といった引き出しも増えてきたオールラウンダーの芳田と、大外刈りを軸にした足技に一発を秘める出口。そのスタイルは「柔」対「剛」の趣もある。昨年大会以降は対戦がなく、1年後の東京五輪に向けて2人の成長度にも要注目だ。
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