「来て良かった」実感 古民家改装カレー店開店

 コロナ禍をきっかけに地方移住への関心が高まっている。自宅で仕事ができるテレワークの普及などもあり、働き方や生活を見直す人が増える中、里山と住宅地が共存し、移住先として注目される名張市の事例を取材した。(道津保)

 ■梁や柱「ここや」

 日本の滝百選に選ばれる赤目四十八滝から車で5分ほど走った名張市赤目町柏原に築70、80年の古民家がある。地元産野菜を使ったカレープレートが味わえるスパイスカレー店「BIG SPICE(ビッグ・スパイス)」だ。店主の杉本美和子さん(37)は、鍼灸しんきゅう師の夫、陽佑さん(41)と保育園に通う子ども2人の家族4人で大阪府枚方市から移住。畑に囲まれた集落で2月、同店をオープンした。

 結婚当初、夫婦で古い一軒家を借りて暮らしていた。タイル張りの洗面所など昭和の雰囲気が気に入っていたが冬場は冷え込み、段差も大きかった。子どもが生まれると安全面も考え、陽佑さんの実家近くに移った。

 その後、「飲食店をやりたい」という美和子さんの夢もあり、3年前から住居兼店舗となる古民家を探し始めた。インターネットで良さそうな物件を見つけると足を運んだ。昨年6月、約40軒を回った末に今の物件に巡りあった。

 めったに見られない太いはりと柱。土間、かまど、すりガラスなどが残り、敷地内には離れや畑もあった。夫婦そろって、「ここや」と決めた。

 引っ越しは昨年12月。空き家・店舗を活用した創業を応援する名張市の若者移住定住チャレンジ支援事業に申請、補助を受けた。

 土間にコンクリートを敷いてカウンターを設けた。陽佑さんは鍼灸院を営む傍ら、今も床や天井を張ったり、漆喰しっくいを塗ったりしている。美和子さんは「すべて終わるのはあと1年ぐらいかかるかも」と笑う。

 「来て良かった」実感 古民家改装カレー店開店

 隣家はたまたま農家だった。カレーに欠かせないタマネギの生産者を尋ねたところ、知り合いを紹介された。その輪が次々と広がり、赤目町の各戸自慢の野菜を店のメニューに取り入れる。タマネギにジャガイモ、ニンジン、トマト……。「純粋においしい。畑で取れたものと相談し、野菜の味を出すようにしている」

 移住して間もなく1年。「緑が満載」の赤目町だが、保育園やコンビニが車で5分ほどの距離にあり、スーパーやホームセンターも近い。美和子さんは「よそなら、駅から歩いて50分とか、移動販売ばかり。名張は街と田舎の近さがいい。ここだけで生活が完結できる」と魅力を語る。

 改装工事の頃、様子を見に来た地元の人がチェーンソーで雑木を切ってくれたという。都会にはない近所付き合いもある。移住してくる人が多いせいか、「よそもん」という感覚はない。「『よお来た。頑張りや』という感じで受け入れてくれた。この先、ずっと住みたい。来て良かった」と実感している。

 ■市外から142世帯 16~20年度

 「来てだあこ(来てね)」。名張市役所1階ホール。おかっぱの女の子が指さすポスターがひときわ目を引く。移住・定住コーナーは今年5月、奥まった場所から正面玄関近くの一角に引っ越した=写真=。気軽にチラシやパンフレットを手に取れる。

 「今まで考えていた移住への思いがコロナ禍で強くなり、『チャンス』ととらえ、行動に移しているように感じる」。市地域活力創生室で移住コンシェルジュを務める辻岡かおりさんはそう話す。昨年8月、ビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」を活用した個別移住相談を始めた。同室の移住・定住ホットライン相談は、2017年度は106件(うち都市部の相談会が48件)だったが、20年度は227件(同5件)に増えた。

 市の取り組みによる市外からの移住者は16~20年度で計142世帯346人に上った。16年度が16世帯38人だったのに対し、20年度は47世帯113人に増加。20年度の移住者の出身地をみると近畿48%、県内26%、東海14%で、30歳代の子育て世代が多かった。

 大阪・難波から近鉄特急で1時間弱という利便性。関西のベッドタウンとして昭和40年代から急速に発展した。「住宅団地にすぐ入れる物件が多い。ストックがあり、他の市町にうらやましがられる」と辻岡さん。

 16年から始めた市の空き家バンク制度の登録件数は21年3月末現在、193件で、うち41件は20年度の登録。制度の利用者登録数は計353人で、申請は16年度の28人から19年度90人、20年度144人と急増した。

 市営繕住宅室の中嶋優子室長は「コロナ禍で都市一極から地方への流れは大きい。名張は都市に近い上、中心部から車で10分でアユの釣れる川に行けるほど自然の恵みがある」とみる。

 一方、少子高齢化は名張市も例外ではない。高齢化率は9月1日現在、32・9%。中嶋室長は「高齢者の1人暮らしや、2人暮らしは『空き家予備軍』。空き家発生の予防施策に取り組まないといけない」とした上で、「地域と連携しながら、利活用できるようなプラスの資産になる仕組みを作りたい」と話している。

タグ: