両足だけで運転可能なフィットe:HEVも登場…ホンダ福祉車両試乗会
本田技研工業(ホンダ)とホンダアクセスは12月3日、11月4日に発売した、国内唯一、両足だけで運転可能なホンダ・フランツシステムを装着した『フィットe:HEV』や、昨年4月に発売した、両手足不自由な方のためのホンダ・テックマチックシステムを装着した、同じくフィットe:HEVの体験試乗をはじめ、ホンダの福祉の様々な取り組みを紹介し、実際に体感できるメディア向けの福祉車両試乗・体験会イベントを開催した。
今回のイベントに用意されていた車両と製品は、福祉車両として、テックマチックシステム、フランツシステム、助手席リフトアップシート、車イススロープ車の4種。福祉製品として、視覚障害者ナビゲーションシステム『あしらせ』、陸上競技用車いすの2種。
テックマチックシステムやフランツシステムというのは、障がいのある方が自ら運転出来るように取り付けられている補助装置の名称。手のみで運転出来るようになっているのがテックマチックシステムで、足のみで運転できるのがフランツシステムとなっている。テックマチックシステムは1976年に、フランツシステムは1982年に発売がスタートしている、歴史ある運転補助システムで、最新のフィットe:HEVにも対応している。
テックマチックシステムは、5つのアイテムが用意されており、手動運転補助装置、ハンドル旋回ノブ、誤操作防止プレート、左手ウインカーレバー、左足用アクセルペダルとなっている。これらを運転する障がい者の方に合わせて組み合わせる形で取り付ける。
フランツシステムは、1965年にドイツで開発されたシステム。ホンダが1981年に開発者フランツ氏から技術指導を受け、さらに独自の技術を加えて1982年に国内で初めてフランツシステムを販売したという経緯がある。足用ステアリングペダルユニット、足用コンビネーションスイッチを基本標準装備とし、足用シフトペダル、パッシブシートベルト(自動装着式シートベルト)およびフロアカーペット(フランツシステム用)が専用オプションとしてラインアップされている。
車イス仕様車:ベルトを接続した様子。福祉車両は、助手席リフトアップシートとサイドリフトアップシートは、『フリード』、『ステップワゴン』に対応。助手席回転シートはフィット、『N-WGN』、『シャトル』に対応。車イス仕様車は『N-BOX』、フリード、ステップワゴンの3車種に対応している。今回試乗車として用意されていたのは、助手席リフトアップシートとサイドリフトアップシートのフリードと、車イス仕様車のN-BOXだった。
あしらせは、視覚障がい者の方に合わせた、靴に取り付けるナビゲーションシステムと考えてもらうとわかりやすい。靴に取り付けられたユニットとバイブレーターがスマホアプリと連動して動作するため、マップアプリの行き先情報が靴に取り付けられたバイブレーションの振動でわかる仕組みだ。例えば、マップアプリが「東へ向かいます」と行き先を示しても、視覚障がい者には今どちらの方角を向いているのかわからないため、東には進めない。しかし、バイブレーターの振動で東を教えてくれれば、間違えずに進むことができる。あしらせを使えば、振動部位(甲、外側、かかと)とテンポで方角などを意識することなく誘導情報を理解できるといった利点がある。30人以上の障がい者の方に実際に使ってもらい、フィードバックを得ながら改良を続け、2022年度末の販売を目標に開発を進めている。
陸上競技用車いすは、フラグシップの『翔<KAKERU>』が展示され、『挑<IDOMI>』には実際に試乗できた。ホンダにとっての車イスレーサーの歴史は、2002年に試作1号車が完成し、2012年には量産ベース車が完成。2013年には、車いすレーサーの開発・製造に、ホンダR&D太陽、本田技術研究所に加え、八千代工業が参加。2014年には八千代工業から量産モデルの『極<KIWAMI>』、さらに翌2015年には、マイナーモデルチェンジを行った挑<IDOMI>の生産販売が開始された。そして2019年には翔<KAKERU>の販売を開始している。
翔<KAKERU>は、F1やホンダジェットで培ったカーボン成形の技術を応用し、ウイングフレームと呼ばれるカーボンによるフレームが採用されている。またダンパーシステムもフレーム内に収めることで、スッキリとしたデザインの見た目になり、車体の接触などから保護する機能も兼ね備えている。説明時には、ホンダがサポートするスイスのマニュエラ・シャー選手が、翔<KAKERU>を使って第39回大分国際車いすマラソンで走る映像も見られた。このとき、マニュエラ・シャー選手は、マラソンT34/53/54女子の部門で優勝し、自身が持つ世界記録を更新し、新たなワールドレコードを記録した。
体験試乗会ではゆっくりと試乗でき、福祉製品についても間近で触れ、そして試すこともできたので、貴重な経験となった。
テックマチックシステム:ハンドルに取り付けられたノブは360度回転する。取り付け位置は自由。◆アクセルとブレーキの操作感覚が絶妙に調整されているテックマチックシステム
テックマチックシステムでは、足を使えない障がい者の方をイメージし、左手でアクセルとブレーキ操作をするため、慣れない操作に最初は戸惑うが、コースを数分走っているだけですぐに慣れることができる。これは操作をできるだけ簡単に使いやすくと開発を続けているホンダの努力の賜物だ。
アクセルは手前に引き、ブレーキは前に押すことで操作出来る。ブレーキは少し押すだけでかなり強めに効くようにできており、咄嗟の急ブレーキの際にも少ない力でしっかり停まるように工夫されている。ステアリングについても、自由な場所に取り付けられ360度回転するノブがついているおかげで、片手でクルクルと回すことができる。S字コーナーのような切り返しの際でもステアリングから手を離す必要がなく、使い勝手がよかった。
フランツシステム:ドアにはオプションのパッシブシートベルトが装備されている。運転席のドアを閉めれば、シートベルトが自動装着できる。◆左足操作より右足操作のほうが難しく感じたフランツシステム
フランツシステムの体験試乗は、上半身に障がいがある方に向けたシステムなので、すべてを足で操作するように促された。ドアを開けるところから足で行ない、エンジンスタートボタンを押すのも足で行った。これにはなかなか苦戦したが、担当者の方のお話を聞くと、障がい者の方の中には、通常のシートベルトも足で装着する方もいるとのこと。左足でシートベルトをひっぱり、途中で右足に持ち替えてバックルに差し込むそうだ。
運転の際には、左足部分に靴と一体化した自転車のペダルのようなステアリングが装備されているので、ペダルを前後に漕ぐようにしてステアリング操作を行うのが特徴。この操作は、最初かなり戸惑うが、こちらも数分運転すれば次第に慣れてくる。ただし、右足で操作するスイッチ類を使う必要が出てくる場合、かなり焦ってしまった。その理由として薄々わかっていただけるかと思うが、右足でウインカースイッチ、ハザードスイッチ、ライトスイッチ、ホーンスイッチなどを操作しなければいけないため、まずボタンの場所がすぐにわからず、目視で確認しながらの操作となってしまった。乗りこなすためには、位置を完全に把握し、目視せずともウインカーなどを出せるようにならないと公道での運転は難しいだろう。
助手席リフトアップシート:助手席は完全にドアの外にまでせり出す。このおかげで、身体が不自由でも腰を下ろすだけでよく、車内に乗り込む動作などはまったく必要ない。◆身体を動かしづらい方には必ず知って欲しいリフトアップシート
福祉車両コーナーではまず、フリードに取り付けられた助手席リフトアップシートを体験できた。実際に障がいのある方や、身体を動かしづらくなった老人と同じ感覚を体験するため、公益財団法人日本ケアフィット共育機構の協力のもと、ひざやひじにサポーターを巻き、両足首には重りをつけて、身体を動かしづらい状況をあえて作ってからの体験となった。
ひざが曲がりづらいため、ステップを登るのが難しく、さらにひじが曲がりづらいことでドアや手すりに捕まるのも困難で、乗り降りだけでこれほど大変なのかと実感させられた。このように身体が動かし辛い方には、リフトアップシートはかなり便利な機能だと感じた。助手席がドアより外側にせり出す形になるため、シートに腰を下ろせば良いだけなので、ステップを登る必要も、手すりにつかまる必要もない。座ってしまえば、リモコンかシート左側面にあるスイッチを押せば、シートが助手席の位置に収まるように自動的に移動してくれる。
乗り降りに不安が無くなると言うことは、お出かけもしやすくなるだろう。
車イス仕様車:運転席と助手席の下からベルトが延びている。このベルトを車イスに接続する。◆車イスは介護者が押して乗せるのではなくウインチで運ばれる
そして車イス仕様車は軽自動車であるN-BOXが用意されていた。車イス仕様車と命名されているが、普段使いもできるように後席シートはそのまま残し、車イスを積み込むときだけ、後席を前に倒し込みフラットな状態にする。通常は4人乗りで、車イスの方がいるときは3人乗りになるイメージだ。担当者の方にお話を聞いたところ、通常使いもできるというのがホンダのこだわりとのこと。
また車イスを積み込む際の手順も、できるだけ簡単に、そして力を必要とせずできるように設計されている。これにはわけがあり、介護をする方は女性が多く、さらに老老介護という状況が多いため、力の必要な手順があると女性には扱えなくなってしまう。そのため後席シートを倒すのも、スロープを出すのも、誰でもできるように設計しているとのことだった。車イスを積み込む際も、運転席と助手席の下にウインチのような機構があり、ウインチに繋がれたベルトを車イスに引っかけ、ウインチを操作するボタンを押すだけで自動的に車内へ引き込まれていく。そのリモコンも、安全のため押しているときだけ引き込まれ、手を離すと停まる仕様になっている。車イスが積み込まれたら、車イス固定用のベルトを後方に接続し、ウインチ側2点と後方の2点で固定するので、走行中に車イスが移動することはない。また車イスに乗っている方のシートベルトも装着するので、不安なくドライブができる。
実際に車イスに座り、積み込み、固定、ドライブまで体験したが、乗り心地もよいし、前方視界も広く、頭上スペースもあり、乗せられているといった不安がまったくない。大げさではなく、軽自動車に乗っているとは思えないほど快適な環境だった。
靴のベロ部分にあしらせの本体を設置する。◆目の不自由な方でもマップアプリが使えるようになる革命的システム
あしらせの体験では、実際に曲がり角を左に曲がるという体験ができた。曲がり角に近づくにつれて靴に取り付けられたバイブレーターの振動が早くなり、曲がり角でしっかりと左足にだけ振動が伝わってくる感覚は、健常者でもわかりやすいと感じた。
説明を担当した株式会社Ashiraseの徳田良平氏によると、あしらせはGPSの信号を利用するが、衛星をからの信号をより多く捕捉出来たほうがルート情報などの精度は上がるとのこと。ただし、GPSの信号が弱いところでは、デバイス内部に持つ複数のセンサによりルートを判断し、正しく案内することができる。販売時期については、2022年度との発表がされているが、実際には2022年度の後半になりそうだと語った。現状の完成度についてうかがうと、70%を超えているが、ここからは製品化に向けた細かな微調整が多く、大変なことも多いという。たとえば雨や水濡れに対しての耐久性、アプリ側についてもブラッシュアップしていかなければいけないなど、乗り越えるべき課題はまだたくさんあるとのことだった。
陸上競技用車いす翔<KAKERU>のフラグシップモデル。右後輪に車止めがあるが、これがないと風が吹いただけで走り出してしまうほどタイヤの回転が滑らか。◆軽く風が吹いただけでも進んでしまう車イスレーサーのすごさ
陸上競技用車いすは、挑<IDOMI>に実際に乗ることができた。シート部分はかなり狭く、お尻を無理矢理押し込むような形で乗り込まないといけない。また重心が後ろにあるため、前傾姿勢で待機していないと簡単に後ろにひっくり返ってしまう。
いざ重心に注意しながらハンドリムを回して進んでみると、タイヤの細さとベアリングの優秀さが相まって、恐ろしいほどに進んでいく。ハンドリムを上から下まで半周回すだけで、5メートル以上はゆうに進んでいく状態だった。ハンドリングについては、基本的に直進安定性が優先されているため、ステアリングをセンターへ戻そうとするバネの力が強く設定されている。そのため曲がるためには結構な力が必要となる。
説明を担当した、株式会社本田技術研究所車イスレーサー開発責任者の池内康氏は、ハンドリムについては、雨の日でもグローブが滑らないようにダイヤモンドコーティングしたモデルもあるという。重量については、挑<IDOMI>は約9kgだが、翔<KAKERU>のフラグシップモデルになると約7.9kgとのこと。軽量なほど良いフレームだとされているが、剛性を失っては意味がないため、バランスが大事だとのことだった。
実際のレースを走るトップアスリートは、最高速度が約70km/hになることもあり、平均速度は約30km/hだそうだ。翔<KAKERU>、挑<IDOMI>ともに市販もされており、翔<KAKERU>については、フレームとホイールなどを含む完成車が、塗装無しで353万円(税別)。挑<IDOMI>は完成車価格が113万円(税別)とかなりリーズナブルになっている。