ムラブリ族の文字のない言葉を研究する言語学者・伊藤雄馬インタビュー
言語学者・伊藤雄馬さん=ドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』3月19日よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開 (C)幻視社
ラオスで狩猟採集を続けるムラブリ族を追ったドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』(3月19日より全国順次公開)に出演・現地コーディネーター・字幕翻訳を手がける言語学者・伊藤雄馬のオフィシャルインタビューが届いた。【動画】ドキュメンタリー映画『森のムラブリ』予告編 6ヶ国語を自由に話せる伊藤は、ラオスで狩猟採集を続けるグループへの接触を試み、世界で初めて、ムラブリ族の謎めいた生活を撮影することに成功。ムラブリ族は言語学的に3種に分けられることが判明し、お互い伝聞でしか聞いたことのないタイの別のムラブリ族同士が初めて会う機会を創出する。また、今は村に住んでいるタイのムラブリ族の1人に、以前の森の生活を再現してもらうなど、消滅の危機にある貴重な姿をカメラに収めた。■伊藤雄馬(Yuma Ito)1986年生まれ。島根県出身。言語学者。京都大学大学院文学研究科研究指導認定退学後、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所にて日本学術振興会特別研究員(PD)。2018年より、富山国際大学専任講師。学部生時代から、タイ・ラオスを中心に現地に入り込み、言語文化を調査研究している。ムラブリ語が母語の次に得意である。論文に「ムラブリ語の文法スケッチ」(『地球研言語記述論集』)、"A Note on Terminology for Bamboo and its Use in the Mlabri, a Hunter-gatherer Group in Thailand"(『富山国際大学紀要 現代社会学部』)など。――本作に関わるようになった経緯をお教えください。【伊藤】2017年に金子遊監督とタイ北部のナーン県のフワイヤク村の調査地でお会いしました。僕は調査で2週間くらい滞在していました。金子監督はムラブリの噂を聞いて来られ、「日本人がいるとは思わなかった」と驚いていました。僕も日本人が来るとは思っていなかったので、「どうしたんですか?」と聞いたら映像を撮っている方とのことで、僕は自己紹介がてら「ムラブリの方言を比べる研究をしています。お互い嫌い合っていて、避けているんですが、引き合わせてみようと思っていて」という話をしたら、「それ、映画になりそうですね」という話になりました。――ムラブリ語の魅力はどこにありますか?【伊藤】僕が一番好きなのは音・響きです。映画でも何回か出てきますが、森の中でも遠くまで響く裏声の歌声のような音が好きです。――ムラブリ族は言語学的に3種に分けられるため、伊藤さんは3つの方言を研究しているとのことですが、「言語学者」とはいえ、ノマド生活を送るラオスのムラブリ族の文字のない言葉を研究するには、彼らが今密林のどこにいるか突き止めて、実際に話して辞書を作る必要があり、言語学だけでなく人類学的な要素もあるように思います。例えば英語などのほかのメジャーな言語の研究との違いはありますか?【伊藤】まず、文字資料がないことが違います。英語などのメジャーな言語だと文字資料がたくさんあり、それを用いて研究できますが、ムラブリ語は文字を持たないので、自分で資料・データを得なければなりません。フィールド言語学という言い方をするんですけれど、現地に行って、自分でデータを取ってきて分析をするという手法の言語学です。文字がないので、英語の辞書にある発音記号のようなものを使って、会話などを書き起こして分析します。――コロナ前は、年に何回位、1回何日くらいインドシナに行っていたんですか?【伊藤】年に2回は行っていました。多い時で3、4回。1回大体1ヶ月くらい森の村に滞在します。――世界で、他にムラブリ語を研究している人はいますか?【伊藤】僕は大学の学部時代からやっているので10年以上になるんですが、そのくらいの期間、継続的にムラブリ語を研究しているのは僕だけです。たまに単発で研究する研究者はいますし、「一緒に研究しましょう」という人は常にいますが、続ける方はいないですね。
次ページは:■ムラブリの民がわたしたちに教えてくれること最終更新:オリコン