「家電はデジタルの宝庫」 激変市場で成長描く日立GLS、谷口社長に聞く
日立グローバルライフソリューションズの谷口潤社長兼CEO
過去最高の利益率を成し遂げた
―― 日立グローバルライフソリューションズ(日立GLS)が、2019年4月にスタートしてから、すでに2年を経過しました。その間、市場環境は大きく変化しています。振り返ると、どんな2年間でしたか。
谷口:日立グローバルライフソリューションズは、2019年4月に、日立コンシューマ・マーケティングと日立アプライアンスが合併し、製販一体型の空調/家電の製品、ソリューションを提供する会社として誕生しました。
1年目は、ひとことでいえば、「ファクトファインディング」の1年でした。日立GLSは何が強くて、社会に対してどんな貢献ができるのかということを捉え、そこに向けて解決すべき課題を明確にしました。より磨き上げなくてはいけないもの、やめなければいけないもの、パートナーとの協創によって成長できるものといったように、取り組むべきテーマをクリアにして、タックルすべきターゲットも明確にしました。
2年目となる2020年度は、筋肉質化に取り組みました。これを示すものとして、収益性がひとつの指標となりますが、コロナ禍のなかでの巣ごもり需要もあり、調整後営業利益率やEBIT率は過去最高を達成できました。
2020年度はコロナ禍において、変化の激しい1年であり、お客様の生活が一変した1年でした。リモート中心の働き方へと大きく変わり、人々の衛生に対する意識が高まる一方、脱炭素をはじめとした環境意識が向上し、そこに企業はどんな貢献を果たすべきかといったことが求められるようになりました。
この1年を振り返ると、社員が工夫しながら、日立が持つ現場力の強みを発揮してくれた1年でもあったといえます。過去最高の調整後営業利益率を達成できたのは、社員のがんばりの結果だと思っています。
―― 過去最高の調整後営業利益率およびEBIT率を達成した2020年度の業績と、2021年度の業績見通しはどうなっていますか。
谷口:売上収益は、BtoBは設備投資の抑制によって、前年比2%減の4,563億円と減収になりましたが、白物家電事業は好調に推移しています。調整後営業利益は46%増の335億円、調整後営業利益率は前年度から1.4ポイントと改善し、7.3%となりました。また、EBITは399億円となり、EBIT率は1.2ポイント改善し、8.7%となっています。一方で、2021年度は、売上収益は10%減の4,094億円、調整後営業利益は前年並みの334億円、調整後営業利益率は8.2%を見込んでいます。より筋肉質な体質を目指します。また、EBITは海外のジョイントベンチャーの設立もあり、120%増の877億円、EBIT率は21.4%という高い計画となっていますが、再編に伴う譲渡益を除いても、EBIT率は2桁を想定しています。
―― 調整後営業利益率は、2019年度実績では、日立全体の7.5%を大きく下回っていましたが、2020年度実績では一転して、日立全体の5.7%を上回りました。この理由はなんですか。
谷口:いくつかの理由があります。ひとつめは、巣ごもり需要というマーケットの追い風によって、白物家電を中心に成長した点です。ここでは、商品の高付加価値化への取り組みの成果も含まれています。2つめは、地味な活動ではありますが、足元での原価低減や標準化への取り組みです。そして3つめが、デジタル化によるサプライチェーンの改革やデジタルによる事業効率の向上です。それぞれが3分の1ずつの効果になっています。これにより、筋肉質化ができたと思っています。
成長へ向けて、家電や空調は「デジタルの宝庫」
―― 日立全体では、目指す方向性のひとつとして、「デジタルで成長する企業」を掲げています。日立GLSは、デジタルではどんな成長を描いていますか。
谷口:私自身、ITソリューション事業に長年携わってきましたが、日立GLSで感じたのは、家電や空調は、「デジタルの宝庫」だということです。そして、日立GLSは、日立グループのなかで、生活者にダイレクトに接点を持っている特徴があります。コネクテッドされた家電から発信される様々なデータをもとに、生活者の様子を知ることができ、これらのデータをもとに、生活にまつわる新たなサービスを提供したり、家庭内での健康促進のための提案などができたりするようになります。
日立GLSの成長の余地はここにあります。たとえば、空調のビジネスは、これまでは売り切り型のビジネスであり、お客様との接点はそこで切れていました。家電にしても、いいものを作って、いいものを提供するという売り切りビジネスばかりでした。
しかし、デジタルでつながることで、故障の予兆を察知し、メンテナンスの提案をするといったように、長期的にいい関係が構築できるようになります。いわば、空調事業や家電事業をリカーリング型ビジネスに変えることができるのです。お客様とデジタルでつながることが事業成長につながります。こうした取り組みを拡充していくつもりです。
また、日立GLSは、サプライチェーンのデジタル化や、業務プロセスのデジタル化などでも、効果があがりやすいと感じており、デジタルとの親和性が高い会社であると思っています。
―― 日立GLSに、デジタルを理解している社員は増えていますか。
谷口:先ほど触れたように、日立GLSがやってきたのは、売り切り型のビジネスですから、いいものを作るということには長けていました。しかし、デジタルやソリューションをしっかりと理解し、それをビジネスにつなげる人材は、これから強化していかなくてはなりません。その点では、まだ発展途上の段階だと理解しています。社員のトレーニングも行っていますが、同時に、外部からソリューションビジネスをリードできる人材を採用しました。これらの人材が、まさに「着火剤」といえるような影響を社内に及ぼしています。多様な経験や価値観を持ち、デジタルを使いこなし、様々な領域での協創を実行してきた人材が活躍しはじめています。この波及効果を最大化させることが今年度のチャレンジのひとつになります。また、2021年4月に、新たに「パーパス」を策定しました。社員がパーパスに触発され、生まれる好事例を増やし、成功体験から学び、それを広げていくことにも取り組んでいきます。
―― 2021年4月に新たに設定した「パーパス」の狙いはなんですか。
谷口:社内では、日立GLSが社会において、どういう存在であるか、どんな役割を果たすのかといった方向性を決めたいと、以前から話をしていました。新たな体制から2年を経過し、少し落ち着いたところで策定したいとは思っていたのですが、その一方で、コロナ禍でリモートワークが増え、社員が出社できない状況が生まれるなかで、社員からも、「早く、共通の言語で語れるようなものが欲しい」という声が増えてきたことも、このタイミングでパーパスを策定した理由のひとつです。変化の激しい社会においても、従業員一人ひとりが共通のゴールや目的感に向かって、柔軟性やチャレンジ精神を持って動くには、北極星のような存在が必要であろうと考えました。
パーパスは、「360°ハピネス」という事業スローガンをもとに策定したもので、「ひとりひとりに、笑顔のある暮らしを。人と社会にやさしい明日を。私たちは、未来をひらくイノベーションで、世界中にハピネスをお届けします」としました。
2020年夏頃から議論をはじめ、基本的な考えがまとまったのが12月のことです。その後、3月までの期間、若いメンバーたちやダイバーシティに富んだ社員たちも一緒になって、10人強のコアとなるワーキンググループを中心に、「私たちはこういう存在でありたい」ということをまとめ、経営陣と何度もディスカッションを繰り返し、社会における役割を考え、どんな存在になるのかをまとめました。私や経営陣が独断で決めたわけではなく、社員が一緒になって決めたものなのです。
どんなに変化が激しい世の中においても、パーパスで示した存在になることが、日立GLSの共通のゴールであり、そこに向かって歩みを加速することになります。
―― パーパスの策定においてこだわった部分はありますか。
谷口:社員全員が「わが事」として捉えるものにしたいと考えました。営業、エンジニア、アフターサポート、人事、財務など、幅広い職種の社員たちが共有し、自分ならばこうやってパーパスを具現化したいと思ったり、自分の職種であればこういうやり方で力を発揮したいと考えたりといったことができるようにしました。
私は、このパーパスを、上下、左右に動かしていきたいと思っています。どういうことかというと、まずは私自らが、いまはこんな世の中だから、未来はこうしたい。だから、パーパスを軸にこんなことをおきたいという考えを動画を通じて社員に伝えたり、経営陣も自分が担当する事業のなかで、どう生かしていくかということを示してもらいたいと思っています。また、社員にも、自らがパーパスをこう捉えて、こんなことをしているという発信をしてもらいたい。これが上下の動きです。一方で、営業部門が日々の活動のなかでパーパスをどう生かしているのか、設計部門はモノづくりのなかにパーパスをどう役立てているのかといった発信も行っていきます。これが、左右の動きということになります。上下左右に発信が行われ、それによって発信が行きわたると、パーパスが会社全体に浸透します。それぞれがやることは違っていても、パーパスを「わが事」とすることが大切です。パーパスに対して共感を持つと、社員の力がより強く発揮される環境が整います。パーパスは、社員の活動を活性化させるために活用したいと考えています。
パーパスのなかには、「ひとりひとりに」という言葉を入れましたが、これが指しているのは、社員でもあり、お客様でもあります。笑顔を届け、ハピネスを届ける先が、お客様ということになります。私たちが作った製品やサービスを使ってもらい、笑顔になってもらえれば、パーパスで掲げた役割を果たしているということになりますが、もし、それでつまらない顔になってしまったのならば、それはパーパスを実現できていないことになります。
社員のフレキシブルなアイデアで広がったり、Lumadaを活用したソリューションも増えたりしています。笑顔のある暮らしをつくることがパーパスの狙いであり、これに向けて社員が自由な発想で取り組むことができるようにすることが大切であり、その成果が少しずつ出始めている段階にあります。
また、パーパスのなかには、「人と社会にやさしい明日を」という言葉を入れています。これは、社会課題を解決していく会社でありたいという姿勢の表れです。具体的には、環境問題については、2030年度には、自社工場でのカーボンニュートラル化を目指すといった取り組みや、自社生産における水使用量の削減、廃棄物の削減、製品リサイクルの推進による高度循環型社会への対応も進めています。また、家電やセンサーから収集したデータをもとに、認知症の前の状態であるフレイルを検知する技術開発を、東京大学高齢社会総合研究機構と産学連携プロジェクトで進めています。さらに、コロナ禍においては、医療従事者への支援を行うことを目的に、1カ月間という短期間でフェイスシールドを開発し、2020年5月から無償提供を開始したり、空調技術を使った簡易的なクリーンブースを開発し、感染症の患者を安全な環境で診断するといったことも行いました。こうした社会貢献も重要な役割だと考えています。
ジャンプを目指す2021年、日立GLSの展望
―― 2021年度はどんな取り組みを進めますか。
谷口:この2年間で筋肉質な状態を作りあげましたから、2021年度は、その体力を使って、次のジャンプを目指す、成長の1年に位置づけています。
私たちを取り巻く環境をみてみますと、高齢者の小世帯化が進展し、医療の高度化が求められる一方、パンデミックは今回だけで留まるという話ではないということも想定され、それに対する世の中の不安が広がっています。また、おうち時間が増加し、ECの利用が伸張するといった動きも顕著です。そして、環境問題への関心も高まっています。そうしたなかで、日立GLSでは、新たな生活スタイルに即したライフソリューションを創出、拡大し、生活者の課題を解決するために、「オープンな協創」と「グローバルアライアンスの強化」を、成長の2本の柱として推進していきます。
オープンな協創という点では、コネクテッド家電による「暮らし」、家族型ロボットを活用した「ウェネルス」、クリーン設備ソリューションの「ヘルスケア」、低環境負荷空調ソリューションなどを通じた「環境」の4つの領域から取り組みます。
ここでは、Lumadaの力も使っていくことになります。たとえば、コネクテッド家電では、家事をサポートしたり、自動発注したりといったことができるようになり、「Lumada×家電」という切り口での成果があがってきています。
また、生活者インサイトによるプロダクトの進化にも取り組んでいます。2019年に開発した冷蔵庫の「ぴったりセレクト」は、2つの引き出しの使い方を、好みに応じて、冷凍室、野菜室に切り替えることができるものです。生活スタイルが変わると、冷凍室や野菜室の収納量は大きく変化します。わが家でも、子供が中学校に入ると毎日のお弁当のために、週末にまとめて作り置きしたものを冷凍室に入れておくことが増え、冷凍室の使用量が増えました。そして、コロナ禍では在宅時間の増加に伴い、冷凍食品や毎日の食材をストックすることが増え、結果として、冷凍室の使用が増えるという傾向が出ています。こうした場合にも、「ぴったりセレクト」であれば、冷凍室の容量を増やして対応できます。
これはコネクテッドやデジタルによって収集したデータをもとに知ることができた使い方であり、それを捉えて商品化したものです。
また、洗濯機では、AIが洗い方や時間を自動で判断したり、好みの仕上がりを覚えてくれたり、スマホを利用して、帰宅時間にあわせて、洗濯を完了させるなど、家事の時短にも貢献しながら、かしこく、きれいに洗濯を行うことができます。
―― コネクテッド家電では、2021年3月に、食材のストック状況をスマホで確認し、発注できる冷蔵庫を発売ました。手応えはどうですか。
谷口:これはスマートストッカーと呼ぶ商品で、113リットルという小容量であり、サブ冷蔵庫としての利用を想定しています。ぴったりセレクトも搭載していますから、切り替えが可能で、夏場であれば冷凍室としてアイスクリームや冷凍食品、秋から冬にかけては冷蔵や常温で飲料水をいれておくといった使い方ができます。棚にセンサーがついており、いつも家で使う定番品がなくなったときに、スマホから通知があり、ユーザーに発注を提案することができます。忙しい家庭では、定番品をストックしていることも多く、定番品の買い忘れをなくすというメリットを提案できます。
販売を開始して以降、いい手応えを感じています。スマートストッカーでは、在庫状況の情報をもとに、複数のフードサプライヤーとの協創により、スマホ発注連携を行うといったことを想定しており、このビシネスモデルに、飲料メーカーや食品メーカーから高い関心をいただいています。すでに両手の指の数以上の企業から問い合わせをいただいています。フードサプライャーにとっては、スマートストッカーを起点に生活者と新たな接点を結ぶことができ、そこに新たな提案を行うビジネスが期待できます。こうしたフードサプライヤーからの反応は、想像以上のものです。
―― 一方、もうひとつの成長の柱である「グローバルアライアンスの強化」では、どんな取り組みを進めていますか。
谷口:ここでは、クローバルプレーヤーとの合弁会社による展開を進めています。空調事業では、2015年10月に、ジョンソンコントロールとの協業により、ジョンソンコントロールズ日立空調をスタートしています。株式の60%をジョンソンコントロールズ、40%を日立GLSが保有。日立GLSの技術とジョンソンコントロールズのグローバルの販売網を融合し、相互のデリバリー能力の補完関係を作り、多様な最新技術に基づく幅広い製品群を提供しています。高い成長を遂げており、収益面でも強固なものになっています。日本国内では、日本法人の日立ジョンソンコントロールズ空調が、「白くまくん」で知られる日立ブランドの家庭向けエアコンを開発、製造し、日立GLSが販売を行っています。
そして、海外白物家電事業については、7月1日に、トルコのアルチェリクとの合弁会社「Arcelik Hitachi Home Appliances B.V.」を設立しました。ジョンソンコントロールとのジョイントベンチャーと同様に、株式の60%をアルチェリクが、40%を日立GLSが保有する構成とし、日本国外における日立ブランドの冷蔵庫、洗濯機、掃除機などの白物家電製品の製造、販売、アフターサービスを担うことになります。家電事業では、日立GLSの2倍近い売上げ規模を持つ企業で、日立GLSがASEAN、中国で実績を持つのに対して、アルチェリクは欧州、アフリカ、南アジアに強みがあり、地域的にも補完関係があります。また、日立GLSが付加価値領域で強みがあるのに対して、アルチェリクはボリュームゾーンに強い。こうした関係性を持ち、家電の製品事業と、それに関連するソリューション事業の海外展開を加速していくことになります。
―― デジタルの領域では、スタートアップ企業との連携もスタートしていますね。
谷口:2020年12月には、家族型ロボット「LOVOT」を開発、販売するGROOVE Xとの資本業務提携を発表しました。協創によるデジタルサービス拡充を通じて、生活者のQoL向上に貢献することを目指しています。日立GLSがコネクテッド家電で培ったIoTやデジタル技術を活用したり、販売網やアフターサービス網を活用することを想定していますが、それだけでなく、家庭内から発信される情報をもとに、人々の健康に寄与するウェルビーイングの領域においても貢献したり、家庭内の豊かさを高めるサービスの創出なども目指していきます。日立GLSは、これまでは機能価値を磨き上げてきましたが、今後は、それに加えて、感性価値を磨き上げていくことになります。データやAI、ハピネスを軸にして、社会に新たな価値を届けたいと考えています。GROOVE Xとは、今後、多岐に渡る協業を検討しており、固まった時点で、随時発表をしていく予定ですので、ぜひ楽しみにしていてください。
―― その一方で、日立GLSでは、いくつかのBtoB事業にも取り組んでいますね。
谷口:空調分野において提供しているexiidaでは、コネクテッド空調ソリューションといえるもので、データをもとに、予兆診断を行うことができ、故障する前に、異常の兆候を早期に検出し、止めない空調が可能になります。医療機関や食品加工工場などでは、空調が止まることで業務そのものがストップしてしまったり、それに伴い大きな損失が発生したりします。手術室では、絶対に空調が止まってはいけません。こうしたミッションクリティカルな領域で価値を提供することにつながります。
また、再生医療分野においては、東京・日本橋に再生医療イノベーションセンターを開設して、ここに独自のクリーンルームを設置し、細胞培養加工施設や最新装置などの見学やシミュレーションを可能にしています。クリーンルームをモジュール化し、それに運用を組み合わせる形で標準化し、省エネと低コストを実現した再生医療に関する施設を短期間に立ち上げられるようにしました。ここでも、exiidaを活用し、予兆診断やリモートメンテナンスを行い、止まらない空調によって、再生医療施設を支えることになります。また、再生医療イノベーションセンターを通じて、医療分野におけるパートナーとのコラボレーションやスタートアップ企業との連携も図っています。
こうしたBtoB領域においても、日立GLSの強みが生かせると考えており、これも、ライフソリューション事業を通じて、社会価値向上や、環境価値向上に貢献できる事業と捉えており、パーパスを実現するための取り組みのひとつになります。
2021年度は、日立GLS全体が、パーパスを軸にして、成長できる1年にしたいですね。