【CEDEC2019】1キロ四方のマップを舞台に地形表現の工夫で新しいゲーム体験を作る
アートとデザインの違いとは何でしょうか。アートがクリエイターの自己表現なら、デザインは顧客の課題を解決する行為です。ゲーム開発も同様で、さまざまな課題の解決が幾重にも内包されています。ゲームデザイナーの課題がユーザーに新しいゲーム体験を提供することなら、ゲームプログラマーの課題はゲームデザイナーのアイディアに形を与えること。ハードウェアの制約上で最大限の体験ができるように、さまざまなアイディアが盛り込まれます。
9月4日から9月6日までパシフィコ横浜で開催されたCEDEC2019でも、ゲームAIを用いたさまざまな「課題の解決」事例が共有されました。今回は、その中からスクウェア・エニックスの長谷川誠氏による「『LEFT ALIVE』における地形表現とナビゲーションAI」の講演内容をレポートします。長谷川氏は1キロ四方の広大なマップ上で敵兵を移動させる上で用いた、さまざまな地形表現の工夫について説明しました。
ゲームデザイン側で提示された要求の数々
『LEFT ALIVE』は同社のSFシミュレーションゲーム『フロントミッション』シリーズと世界観を共有するサバイバルアクションゲームです。ゲームのコアメカニクスは三人称視点の3Dカバーシューティングで、プレイヤーは3人の主人公を操りながら、人型兵器・ヴァンツァーや敵兵と対峙していきます。物量に勝る敵兵に正面から突撃するのではなく、さまざまな選択を行いながら、いかに生き延びるかを考えていく、かけひきの要素が高い点が特徴です。
本作を開発するにあたり、ゲームデザイナー側から提示された課題は「3Dカバーシューティングができること」「1キロ四方のマップ上で、敵兵が端から端までプレイヤーを探索できること」「マップ上のどこでも戦闘ができること」でした。単に敵兵が移動・射撃を行うだけでなく、カバー(遮蔽物)を活用した攻撃や、ドア・梯子・窓をくぐったり、壁やカバーをジャンプで乗り越えたりするなど、プレイヤーと同じ行為ができる必要もありました。
こうした仕様を実現するナビゲーションAIを作成するには、通常のナビゲーション(ナビ)メッシュだけでは力不足でした。マップの端から端まで長大なパス検索を行うと、検索負荷が高くなりすぎるからです。敵兵に扉や梯子などを用いた特殊アクションを行わせるには、ジャンプリンクによるメッシュ外の移動も必要になります。適切なカバー位置をとるための検索機能なども必要でしょう。なにより重要なのは、地形表現に関する膨大なデータを自動生成することです。
そこで長谷川氏は上記の課題を解決するために、地形表現に工夫をこらすことにしました。通常のナビメッシュに加えて、マップ上にさまざまな情報を埋め込むためのウェイポイントを埋め込んだのは、その一つです。大まかなエリアを区分するために追加された、上位層グラフも大きな役割を果たしました。これらをベースに遮蔽物のリストや、LOF(Line of Fire)などの情報を自動生成するための仕組みが整えられていきました。
ナビメッシュ
多くの3Dゲームと同様に、本作でもベースとなるのがナビメッシュによる地形表現です。実際の作成にはUnreal Engine 4や数々のタイトルで採用事例があるrecast navigationが採用されました。これを用いてプレイヤーの初期配置から地続きのポリゴンに対して通行可能なフラグを立てていきます。もっとも、これだけではビルの屋上など、直接移動することができない場所にもメッシュが引かれてしまうため、特定のメッシュを削除するための対応も行われています。
ウェイポイントと接続グラフ
ウェイポイントはゲーム上で必要な情報を埋め込んでおく場所のことです。ウェイポイントに格納される情報は「XYZ位置」「ウェイポイントが設置されたナビメッシュのポリゴンID」「LOF」「射撃カバーリスト」など多種多様です。離れたウェイポイント同士を結合するために用いられる、ジャンプリンクの起点にもなります。このように本作においてウェイポイントは、ナビメッシュと共に地形表現の基本となりました。
ウェイポイントはナビメッシュ上に自動配置したうえで(後述する上位層グラフのベースになるため、ある程度の密度感が必要となります)、ランダムに間引いていきます。ただし、マップ上には「ウェイポイントグラフが切断されるポイント」など、絶対に間引いてはいけないポイントも存在します。これらを自動検知し、保存するアルゴリズムをふまえた結果、最大でマップあたり189,080個のウェイポイントを64,286個まで削除することに成功しました。
LOF(Line of Fire)
間引き後のウェイポイントはLOFを自動生成する際の基本情報にもなりました。LOFとは個々のウェイポイントにおける射線情報のことで、ポイント位置から円周上にレイキャストを飛ばし、深度を計算することで求められます。こうして計算されたLOFは各々のウェイポイントに埋め込まれ、敵兵の射撃などに活用されます。LOFがなければ敵兵は移動の度に、周囲にレイキャストを飛ばして射線を確認する必要があるため、処理の高速化が可能になるのです。
なお、本作では一つのウェイポイントに対して立ち姿勢・しゃがみ姿勢で二種類のLOFが収納されています。これにより、立ち姿勢ではLOF内でも、しゃがみ姿勢ではLOF外となるポイントが発生します(こうしたポイントはカバーに有効な場所となります)。これ以外に建物の端でも、キャラクターが建物に隠れた状態と身を乗り出した状態で、二種類のLOFが収納されています。
カバー(遮蔽物)
カバーは3Dカバーシューティングという、本作のゲーム体験に大きく寄与する地形表現です。作成にはナビメッシュ上で隣り合うポリゴンがない、立体構造物のエッジ部分が使用されます。各ポリゴンのエッジ部分にあたる直線から垂直方向に基準点をずらしながらレイキャストを横に打っていき、高さが基準値以内ならカバーに使用可能な地形として、リスト化される仕組みです。なお、LOFと同じくカバーにも高低二種類が存在します。
もっともカバーに適した場所は、マップ上の自キャラの位置によってリアルタイムに変化していきます。そのため本作ではマップ上の全カバー箇所をリスト化したうえで、各々のウェイポイントに対して、その位置に適したカバーのリスト情報が格納されています。自キャラが特定のウェイポイントに到達すると、その地点に対して有効なカバーリストの一覧が周囲の敵兵に共有されます。敵兵はその情報にあわせて、適切なカバー位置に移動するのです。
これ以外にマップ上には、ナビメッシュが直接つながっていない場所でも、特別なアクションを介して移動できるポイントがあります。遮蔽物を乗り越えて進む、ハシゴを上り下りする、扉を開けて建物に入るなどです。こうした移動を可能にするため、ウェイポイント間の接続が行われました。これにより本作ではナビメッシュが途切れていても、ウェイポイント間で接続されていれば、どこへでも敵兵が到達できるようにしています。
ウェイポイントを元とした上位層グラフ
講演中で長谷川氏が「もっとも強調したいところ」と力を入れて解説したのが、ウェイポイントをもとにした上位層グラフの作り方です。上位層グラフとは、ウェイポイントをベースに作成された、より広範囲なエリアのまとまりのことです。敵兵の移動時にナビメッシュと併用することで、長距離の移動でも高速にパス検索が可能になります。
もっとも、単純にマップをエリア分割するだけでは、建物や地形の形状にそぐわない上位層グラフが作成されてしまいます。そこで本作では、地形(建物や道路など)の広さに応じて上位層グラフを作成するアルゴリズムが採用されました。
ベースとなるのは間引き前のウェイポイント情報です。各々のウェイポイントで地形の境界線(内壁など)からの距離を設定し、もっとも遠い地点(=つまり中央)にラベルをつけます。その後、隣り合ったウェイポイントに同じラベルをつけていき、これを別のラベルがついたウェイポイントと接触するまで繰り返します。これにより地形に応じた上位層のノードが作成されるというわけです。その後、ノードの統合や分割を行い、サイズを整えていきます。
こうした方式にともない、最大64286個のウェイポイントがあるマップで、上位層グラフのノード数を2174個にまで削減することに成功。遠距離の移動問題が解決されました。具体的には「上位層グラフでパス検索を行い、大まかな移動ルートを策定した上で、全ノードのウェイポイントを結合し、目的地に移動する」という手順を踏んで、敵兵が移動していきます。なお、移動ルートの策定にはウェイポイントをベースとしたベジェ曲線が応用されています。
ただし、敵兵がドアをあける、梯子を昇降するなど、移動の途中で特定のアクションが発生する場合もあります。この場合は、アクションが上位層グラフ上をまたぐものか、ウェイポイント上のものかで切り分け、個別の対応がなされています(扉・梯子などは上位層グラフで、遮蔽物をまたぐなどはウェイポイント)。なお、これを可能にするためにも、ドア・はしご・窓は、上位層グラフの境界にあたるノードに作られる必要があると補足されました。
追加の要望にもとづいて加わった、動的な地形評価
さて、このように、すべての地形表現が完成したことで、一件落着……というわけにはいきませんでした。開発中にゲームデザイナー側から新たな課題が提示されたからです。いずれもゲーム体験に直結する部分で、ナビゲーションAIの改良なしには実現し得ないものでした。なお、こうした(ゲームデザイナー側の無茶ぶりともいえる)追加課題に対して、プログラマー側がどこまで対応できるかが、おもしろいゲームを作る鍵となることは、言うまでもありません。
第一の課題としてあげられたのが「敵兵に良い感じで罠を踏ませたい」でした。本作では自キャラが仕掛ける罠が、数に勝る敵に退治する上で、重要な要素を担っています。しかし開発段階では、敵兵が罠に近寄らないという問題が発生しました。通常プレイヤーは物陰など、敵兵から見えない場所で罠を仕掛けて、待ち構えます。しかし敵兵のアルゴリズムが「プレイヤーを見失った位置に対して攻撃する」ものだったため、罠に接近しないまま時間切れになってしまったのです。
そこで「自キャラ&敵兵間の適度な距離に『前線』を用意する」アイディアが採用されました。戦闘中にプレイヤーを見失うと、敵兵が前線まで移動するように設定します。また罠が設置されると、この前線がプレイヤー側に寄るようにもしておきます。こうしたロジックの組み合わせで、プレイヤーが罠を仕掛けて待っていると、やがて敵兵が歩いてきて罠が発動する、という一連の体験が可能になったのです。
もっとも、この前線を地形に即したものにする必要がありました。また、敵兵は不均一に分布しているため、そもそも線を引くのが難しいという問題もありました。そのため前線は敵兵を高温、自キャラを低温の熱源として、上位層グラフ上でインフルエンスマップを作ることで設定されています。また、ある程度プレイヤーに向かって敵兵の集団が直進してくるように、温度差が急な地点を前線とするように調整されています。
挟み撃ち・敵兵の出現……上位層グラフが活躍
「ゲーム中、ヴァンツァーに自キャラを挟み撃ちさせたい」という課題も上がりました。単純にパス検索をして移動するだけでは、複数のヴァンツァーが数珠つなぎになりがちで、自キャラを包囲する状況を再現できません。そこで、ヴァンツァーが通行するパス上にカウンターを設置し、上位層グラフをまたいだパス検索を行うように、検索時の重み付けが工夫されました。これにより、自然に挟み撃ちの状況を再現することができました。
他に「マップ上の適切な位置で敵兵を出現させたい」という要望もありました。本作ではマップ上に事前配置されている敵兵は限られており、自キャラの場所に応じて、敵兵が自動的に出現する仕組みをとっています。しかし、敵兵をランダムに出現させるだけでは、自キャラの地点に敵兵が到達するまでの時間がバラバラになりがちな問題が発生しました。壁やフェンスなどで、大きく迂回して近づかなければならない場所に出現してしまうことが避けられないからです。
ここでも解決に貢献したのが上位層グラフの存在でした。はじめに自キャラの移動に際して、上位層グラフ上で距離マップを動的に作成します。次に上位層ノードをまたぐ回数を自キャラまでの距離とみなして、移動経路的に遠い場所を自動的に排除します。その上で、残った場所の中から敵兵をランダムで出現させるというわけです。
ゲームAIとゲームデザインはコインの裏表
これ以外にも長谷川氏は、上位層グラフ上にさまざまな情報を埋め込むことで、ナビゲーションAIに貢献したと語りました。ビルの「階」の認識、ある上位層ノードから、どの上位層ノードを攻撃できるかのリスト、自キャラが立てこもる建物の出入り口情報などです。
このように本セッションはゲームデザイナー側からの要望に対して、ゲームAIプログラマー側がどのように課題を解決していくかという、見本のような内容になりました。逆に開発中、ゲームAIの見地から新しいアイディアを提供していったことも多かったといいます。また、各々の地形表現の作成で自動化を推進したことも、クオリティの向上に貢献できたと補足しました。これらの作業をレベルデザイナーが手作業でやっていては、非常に時間がかかってしまい、現実的ではないからです。
ポイントはゲーム開発でゲームAIは単独で存在せず、ゲームデザインとの関係性の中で生かされるということです。このことはまた、将来的にゲームAIとゲームデザインを仲介する、ゲームAIデザイナーという新しい役職の誕生を予言しているのかもしれません。
Writer:小野憲史